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54.宿に着いたら

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 約束通り起こしてくれたセティのキスの後、僕の口には飴が入っていた。唇が離れるのと同じくらいのタイミングで、ころんと飴が口に押し込まれる。大きくて丸いのが飴だと思ってたけど、これは形が違った。長細いのかな? 両側は細いけど、真ん中は膨らんでいて……。

「食べ物の形だぞ。わかるかな?」

 くすくす笑うセティに答えたくて、飴を右へ左へ転がす。セティが聞くんだから、きっと食べたことある物の形だ。洞窟の神殿を出てから食べた物を思い浮かべる。早くしないと飴が小さくなっちゃう。必死で転がす飴に僕は夢中だった。

 手を繋いで歩く僕に、門番は目を向けない。何やら書類を確認しながら、セティに話しかけた。

「魔術師だ」

「協力を要請したい事件がある」

「子連れなので断りたい」

「……そうだな、他の魔術師を当たってみるよ」

「助かる」

 門番とのやり取りが耳に飛び込むが、僕はそれどころではなかった。この形、何だろう。飴は少しずつ溶けて小さくなる。甘酸っぱい果物の味……あ、わかった! 

 門を通過したセティが歩き出し、僕は慌ててセティの手を揺らした。

「その顔は、わかったんだな」

 笑いながら鞄をしょい直し、僕を抱き上げた。両手を首に回してしがみつき、笑いながら口を開けて見せる。かなり小さくなった飴は、もらったときの半分くらいだった。

「黄色い果物! 買ったあと宿で食べた」

 名前は知らないから、覚えてる言葉で説明する。にこにこと聞いたセティが「正解だ」と頬を擦り寄せた。初めて出会った頃みたいに、じょりと髭が擽ったい。首を竦めた僕は、いけないことを願った。セティが顔を近づけたとき、キスしてくれると思ったのに。

 人の前でキスするのは良くないのかな。とがった唇を、セティが指で押し戻した。

「宿に着いたらだ」

 宿に着いたら……? またお部屋を借りたら、中でキスしてくれる? 嬉しくなってへにゃりと笑う。少し乱暴に撫でるセティの手が嬉しくて、待ちきれない。宿の人に部屋を頼んだセティと手を繋いで歩き、今日は階段を上る部屋に入った。

 僕は部屋に入るなり顔を近づける。軽く触れて、頬や額、顔中にキスが降ってきた。笑いながらベッドに寝転がって、またキスをしてもらう。やっぱり部屋の中ならキスしてもいいんだ! セティが穢れになった僕を嫌いになったんじゃなくて、安心した。

 欲しがる僕はきっと汚くて、穢れってそういう意味だと思うけど……セティが隣にいてくれて、キスしてくれたら汚れても平気だった。

 唇が疲れるくらい、何度もキスする。舌も吸われて噛まれて、痺れていた。でも足りない。もっとセティが欲しいよ。ずっと一緒にいられるよう、セティの一部になっちゃえばいいのに。

「イシス……」

 呼ぶ声がとても気持ちよくて、うっすら目を開けてセティと見つめあう。そのとき、ぐぅ……とお腹が変な音を立てた。ぷっと笑ったセティの表情が柔らかくなって、ぐいっと起こされ膝の上に抱っこされる。

「ご飯食べようか」

 まだ笑い続けるセティに、なんだか恥ずかしくなって俯く。それでもお腹が空いたのは事実で、今日は宿のお店で食べると言われたから。僕はセティと手を繋いで部屋を出た。
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