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52.覚悟しておけ(SIDEセティ)

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*****SIDE セティ



 歩き出す前に攻撃してきたのは、昨夜とは別口だった。昼間は逆に目立つ黒装束を身に着けているのは、タイフォンの象徴色だからか。オレが誰かも知らず、依頼されて狙ったらしい。

 槍で応戦したのは、返り血を浴びないためだ。血の臭いをイシスにつけたくない。この子はまだ人が死ぬことの本当の意味を理解していなかった。ただ動くか動かないか、その判断しか出来ない。2人は殺したが、1人を生かして残した。

 オレやイシスを襲うことのリスクを、喧伝するためだ。生き残った者が恐怖とともに話を広めることで、手出しする愚か者をある程度篩にかけられる。オレに逆らうなら国ごと滅ぼしても構わないが、イシスに優しくした宿屋の女将達を巻き込むのは気が進まなかった。

 抱き上げた子供は、いそいそとオレの体を短い手で撫でまわし、痛くないかと確認する。なんともないと答えたら、嬉しそうに笑った。無邪気すぎて怖くなる。神にとって人を殺すことは禁忌ではなく、むしろ気にする必要がない。足元の蟻を踏んだ人間が気にしないのと同じだった。

 この子は違う。知らないだけで、人殺しがどんな行為か理解したら……オレを責めるだろうか。美しいこの瞳を曇らせて、ただの人間みたいにオレを否定するかも知れないな。自ら頭を擦りつける子供を撫でながら、出来るだけ綺麗な手でいようと決めた。

 この子に触れることを躊躇わず済むように。どうしても無理なら、絶対に悟らせなければ問題ない。

「少し待っててくれるか? 悪い奴が入ってこないよう、目と耳を塞ぐんだ」

 絵本に教訓として描かれた話、子供を誘拐すると言われる悪人のことだ。イシスはかつて神殿に出入りした老人に教わったらしく、前回と同じように目を閉じて耳を両手で塞いだ。離れるのは危険だし、感情的に嫌なので抱いて近づく。

 足元で震える男の手首を踏んだ。ぼきりと嫌な音がして、骨が折れる。悲鳴を上げる男を結界で包み、間違ってもイシスの耳に届かないよう気遣った。

「うるさいぞ。依頼主にこう伝えろ――お前達はタイフォンに逆らった。覚悟しておけ、と」

 がくがくと首を縦に振る男が何やら叫んでいるが、無視して歩き出す。姿が見えない場所まで来て、ようやく男にかけた結界を解いた。同時にイシスの肩を叩く。

 薄く目を開いた目蓋と頬にキスをして、耳を塞ぐ小さな手にも接吻けた。

「きゃぁ!」

 驚いたと可愛い声を上げる子供にたくさんのキスを降らせる。

「もういいの?」

「ああ。次の街も甘い物があればいいな」

 イシスの口に、甘い菓子を押し込む。飴と違ってほろほろ崩れる砂糖菓子に、イシスの表情が和んだ。この笑顔を曇らせるなら信徒など滅べばいい。イシスを泣かせるなら、国ごと滅してやろう。この子供を手に入れる未来以外、認めない。

 激しく醜い感情を自覚しながら、オレは欲望をキスで宥めた。
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