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33.贄であり、宝だ(SIDEセティ)

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*****SIDE セティ



 不安そうに見上げるイシスに笑ってやりたいが、場面がそれを許さない。呼びつけた大司教は、イシスを知らないと言った。あの様子では本当に知らないのだろう。

 だが、ティターン国境付近の洞窟にある神殿は、この大神殿の管轄だった。贄になる子供を鎖で繋ぎ、ろくに食事も与えずに虐待したことは、知らないでは済まされない。

「申し訳ございませぬ、誠に存じ上げず……お名前をお伺いできますでしょうか」

 思い出すかも知れないと匂わせるが、子供に名付けもせずに放置したくせに……吐き捨てた呟きがオレの胸に苛立ちを呼び起こした。かっとなって感情任せに怒鳴ることはしない。

 神である以上、そこまで感情に支配される前に自己解決してしまうのだ。感情らしい感情に浸る前に、冷静さを取り戻したオレは、黒髪を弄るイシスの指先に唇を寄せた。軽く触れてから口元を少し笑みの形に歪める。

 きらきらと紫の瞳を輝かせる子供は、嬉しそうに頬を擦り寄せた。同じ色とは思えないほど、美しい。イシスが頭の中で繰り返す、好きの感情が入り込んで眩しかった。影響されて引きずられる。視線を感じて壇下の大司教を睨むと、慌てて視線を伏せた。

「ティターン国境の神殿に放棄された贄だ。オレが名を与えた」

 お前が名を知る必要はない。切り捨てる言い方に、大司教は顔を上げられなかった。声に滲む圧力で、軋むほど地面に全身を押し付ける。潰さずに生かしたのは、温情ではなく罰だった。

「贄の理由を答えよ」

 神に贄を捧げる行為は、何らかの対価を求めたのだろう。祈りは届かなかったが、破壊神に子供を奉じて何を望んだ? 物の善悪すらつかぬ幼児の頃から閉じ込め、何を願った?

「贄……山の神殿に、でございますか?」

 驚きが滲んだ声に嘘はない。本当に知らなかったなら、この子をあの山に捨てたのは誰だ? 必死で圧力を押し除けながら顔を上げる男の額に、じわりと汗が滲んだ。

「食事を与えず、鎖で繋ぎ、まともな教育もしない。白い神父服を見ると怯えるほど暴力を振るわれてきた」

 ここ最近の話ではなく、数年単位であの洞窟の神殿に置かれた。修行のために使われる神殿で、子供を虐げる必要があるのか? 

「そのようなっ!」

「指示を出したかどうか、聞いているのではない。この子は我が色を持つ眷属ぞ」

 荒ぶる破壊神タイフォンに属する存在である。宣言したことで、大司教が床にひれ伏した。オレが何を怒っているのか、気に入らないのか。ようやく理解したらしい。

 オレがこの子を抱き上げていることが、すでに答えだった。容赦も躊躇もなく、気まぐれで国をひとつ滅ぼす神が……膝に乗ることを、肌に触れることを許した子供。

 贄であり、宝だ。

「深く、深くお詫び申し上げます。この不始末は、我が命を持って何卒ご容赦いただきたく……伏して」

「お前の命などいらぬ」

 大司教の首や命をもらったところで、イシスの苦しみや痛みは消えない。過去の辛い記憶は、これから塗り替えてやるとして……。

「お前を苦しめた者に罰を与えよう」

 きょとんとした顔で首を傾げたものの、イシスは言いつけ通りに口を開かなかった。
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