34 / 321
33.贄であり、宝だ(SIDEセティ)
しおりを挟む
*****SIDE セティ
不安そうに見上げるイシスに笑ってやりたいが、場面がそれを許さない。呼びつけた大司教は、イシスを知らないと言った。あの様子では本当に知らないのだろう。
だが、ティターン国境付近の洞窟にある神殿は、この大神殿の管轄だった。贄になる子供を鎖で繋ぎ、ろくに食事も与えずに虐待したことは、知らないでは済まされない。
「申し訳ございませぬ、誠に存じ上げず……お名前をお伺いできますでしょうか」
思い出すかも知れないと匂わせるが、子供に名付けもせずに放置したくせに……吐き捨てた呟きがオレの胸に苛立ちを呼び起こした。かっとなって感情任せに怒鳴ることはしない。
神である以上、そこまで感情に支配される前に自己解決してしまうのだ。感情らしい感情に浸る前に、冷静さを取り戻したオレは、黒髪を弄るイシスの指先に唇を寄せた。軽く触れてから口元を少し笑みの形に歪める。
きらきらと紫の瞳を輝かせる子供は、嬉しそうに頬を擦り寄せた。同じ色とは思えないほど、美しい。イシスが頭の中で繰り返す、好きの感情が入り込んで眩しかった。影響されて引きずられる。視線を感じて壇下の大司教を睨むと、慌てて視線を伏せた。
「ティターン国境の神殿に放棄された贄だ。オレが名を与えた」
お前が名を知る必要はない。切り捨てる言い方に、大司教は顔を上げられなかった。声に滲む圧力で、軋むほど地面に全身を押し付ける。潰さずに生かしたのは、温情ではなく罰だった。
「贄の理由を答えよ」
神に贄を捧げる行為は、何らかの対価を求めたのだろう。祈りは届かなかったが、破壊神に子供を奉じて何を望んだ? 物の善悪すらつかぬ幼児の頃から閉じ込め、何を願った?
「贄……山の神殿に、でございますか?」
驚きが滲んだ声に嘘はない。本当に知らなかったなら、この子をあの山に捨てたのは誰だ? 必死で圧力を押し除けながら顔を上げる男の額に、じわりと汗が滲んだ。
「食事を与えず、鎖で繋ぎ、まともな教育もしない。白い神父服を見ると怯えるほど暴力を振るわれてきた」
ここ最近の話ではなく、数年単位であの洞窟の神殿に置かれた。修行のために使われる神殿で、子供を虐げる必要があるのか?
「そのようなっ!」
「指示を出したかどうか、聞いているのではない。この子は我が色を持つ眷属ぞ」
荒ぶる破壊神タイフォンに属する存在である。宣言したことで、大司教が床にひれ伏した。オレが何を怒っているのか、気に入らないのか。ようやく理解したらしい。
オレがこの子を抱き上げていることが、すでに答えだった。容赦も躊躇もなく、気まぐれで国をひとつ滅ぼす神が……膝に乗ることを、肌に触れることを許した子供。
贄であり、宝だ。
「深く、深くお詫び申し上げます。この不始末は、我が命を持って何卒ご容赦いただきたく……伏して」
「お前の命などいらぬ」
大司教の首や命をもらったところで、イシスの苦しみや痛みは消えない。過去の辛い記憶は、これから塗り替えてやるとして……。
「お前を苦しめた者に罰を与えよう」
きょとんとした顔で首を傾げたものの、イシスは言いつけ通りに口を開かなかった。
不安そうに見上げるイシスに笑ってやりたいが、場面がそれを許さない。呼びつけた大司教は、イシスを知らないと言った。あの様子では本当に知らないのだろう。
だが、ティターン国境付近の洞窟にある神殿は、この大神殿の管轄だった。贄になる子供を鎖で繋ぎ、ろくに食事も与えずに虐待したことは、知らないでは済まされない。
「申し訳ございませぬ、誠に存じ上げず……お名前をお伺いできますでしょうか」
思い出すかも知れないと匂わせるが、子供に名付けもせずに放置したくせに……吐き捨てた呟きがオレの胸に苛立ちを呼び起こした。かっとなって感情任せに怒鳴ることはしない。
神である以上、そこまで感情に支配される前に自己解決してしまうのだ。感情らしい感情に浸る前に、冷静さを取り戻したオレは、黒髪を弄るイシスの指先に唇を寄せた。軽く触れてから口元を少し笑みの形に歪める。
きらきらと紫の瞳を輝かせる子供は、嬉しそうに頬を擦り寄せた。同じ色とは思えないほど、美しい。イシスが頭の中で繰り返す、好きの感情が入り込んで眩しかった。影響されて引きずられる。視線を感じて壇下の大司教を睨むと、慌てて視線を伏せた。
「ティターン国境の神殿に放棄された贄だ。オレが名を与えた」
お前が名を知る必要はない。切り捨てる言い方に、大司教は顔を上げられなかった。声に滲む圧力で、軋むほど地面に全身を押し付ける。潰さずに生かしたのは、温情ではなく罰だった。
「贄の理由を答えよ」
神に贄を捧げる行為は、何らかの対価を求めたのだろう。祈りは届かなかったが、破壊神に子供を奉じて何を望んだ? 物の善悪すらつかぬ幼児の頃から閉じ込め、何を願った?
「贄……山の神殿に、でございますか?」
驚きが滲んだ声に嘘はない。本当に知らなかったなら、この子をあの山に捨てたのは誰だ? 必死で圧力を押し除けながら顔を上げる男の額に、じわりと汗が滲んだ。
「食事を与えず、鎖で繋ぎ、まともな教育もしない。白い神父服を見ると怯えるほど暴力を振るわれてきた」
ここ最近の話ではなく、数年単位であの洞窟の神殿に置かれた。修行のために使われる神殿で、子供を虐げる必要があるのか?
「そのようなっ!」
「指示を出したかどうか、聞いているのではない。この子は我が色を持つ眷属ぞ」
荒ぶる破壊神タイフォンに属する存在である。宣言したことで、大司教が床にひれ伏した。オレが何を怒っているのか、気に入らないのか。ようやく理解したらしい。
オレがこの子を抱き上げていることが、すでに答えだった。容赦も躊躇もなく、気まぐれで国をひとつ滅ぼす神が……膝に乗ることを、肌に触れることを許した子供。
贄であり、宝だ。
「深く、深くお詫び申し上げます。この不始末は、我が命を持って何卒ご容赦いただきたく……伏して」
「お前の命などいらぬ」
大司教の首や命をもらったところで、イシスの苦しみや痛みは消えない。過去の辛い記憶は、これから塗り替えてやるとして……。
「お前を苦しめた者に罰を与えよう」
きょとんとした顔で首を傾げたものの、イシスは言いつけ通りに口を開かなかった。
62
お気に入りに追加
1,207
あなたにおすすめの小説
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
ブレスレットが運んできたもの
mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。
そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。
血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。
これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。
俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。
そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる