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25.純粋ゆえに恐ろしい(SIDEセティ)
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*****SIDE セティ
目の前で誘拐するなど、どれだけオレをコケにするんだ? あの子にはオレの印がついている。匂いと祈りの声を辿れば、すぐに見つけた。手足を縛られ、上半身に袋を被せられた姿に眉を寄せる。
凄む声にイシスの身が震える。同時に助けを求める声が反響していた。
この子は……本当に贄に相応しい魔力の持ち主だったのか。驚くほど強く響く祈りに似た声は、助けを求めるくせにオレを案じる。
――助けて、タイフォン様。セティが痛い思いをしませんように。
オレと邪神タイフォンが同一人物だと知らないイシスの祈りが、すべて流れ込んできた。温かい、優しい、心地よい。久しぶりに心からの祈りを受けたな。
口元が歪む。自分で自分の笑みは見えないが、さぞ恐ろしかったのだろう。薄汚い男がイシスの腹を蹴飛ばした。怒りが感情を沸騰させる。目の前の男を殺すことしか考えられなくなる。
無防備に見える姿で両手に武器も持たずに近づき、怯える男の指を折り手首を砕き、助けを求める口を蹴り上げた。最後に首を捻り切り、放り出す。
数人いた誘拐犯をすべて血の海に沈め、ようやく気持ちが落ち着いた。その間も聞こえていた清らかで純粋な祈りに、オレは相応しい神じゃないんだろう。それでも手の届く範囲にあるこの子を助けてやることは出来る。
真っ赤に染まった手を忘れて髪をかき上げた。頬や額に赤が滴り、顔を顰める。
「セ、ティ?」
不安そうに揺れる声がひどく愛おしい。この気持ちを愛情と呼ぶなら、不安定で心地よくどこまでも醜い感情だった。
「そうだ、もう大丈夫、袋を外すぞ」
袋をとってすぐに後悔した。この血塗れの姿や場所を、この子は怖がるんじゃないか? 移動してから外せばよかったか。だがあの不安そうな祈りの声を聞いてしまえば、少しでも早く安心させたかった。
顔を上げたイシスの目が見開かれる。紫の瞳が零れ落ちそうなほど大きくなった。
ああ、失敗した。やはり見せるべきではなかった。我慢させればよかったものを、焦りすぎたな。嫌われるなら、この街で保護者を探して置いていくしかない。
そう考えた途端、ずきんと胸が痛む。奥の深い部分に棘が刺さったような鋭痛を、深呼吸して誤魔化した。今までもそうだったじゃないか。別にこの子だけが特別じゃない。自分に言い聞かせたが、イシスは泣きそうな顔で口を開いた。
「セティ、ケガしたの? どうしよう、僕が代わりにな……」
「そんな言霊は使うな」
慌てて止めた。この子は魔力が豊富で純粋だ。うっかり言葉にした言霊が実現する可能性がある。オレの痛みを肩代わりするつもりで、業まで引き受けたらどうする気だ。取り返しがつかない。
死体を見ても怯えないイシスは、彼らの状態が死だと認識していなかった。動かなくなった赤いもの、その程度の感覚だ。風呂に意識を逸らし、浄化で見た目だけ綺麗に整えた。
街中を血塗れで歩けば、すぐに衛兵が飛んでくる。邪魔されるのは好きじゃない。
「ありが、と」
助けてやった人間はたくさんいるが、誰もそんな言葉を向けなかった。驚いて動きがぎこちなくなるが、イシスの頬にキスを落とす。イシスの手足の紐を解いて捨てながら、手放せなくなる予感がした。
目の前で誘拐するなど、どれだけオレをコケにするんだ? あの子にはオレの印がついている。匂いと祈りの声を辿れば、すぐに見つけた。手足を縛られ、上半身に袋を被せられた姿に眉を寄せる。
凄む声にイシスの身が震える。同時に助けを求める声が反響していた。
この子は……本当に贄に相応しい魔力の持ち主だったのか。驚くほど強く響く祈りに似た声は、助けを求めるくせにオレを案じる。
――助けて、タイフォン様。セティが痛い思いをしませんように。
オレと邪神タイフォンが同一人物だと知らないイシスの祈りが、すべて流れ込んできた。温かい、優しい、心地よい。久しぶりに心からの祈りを受けたな。
口元が歪む。自分で自分の笑みは見えないが、さぞ恐ろしかったのだろう。薄汚い男がイシスの腹を蹴飛ばした。怒りが感情を沸騰させる。目の前の男を殺すことしか考えられなくなる。
無防備に見える姿で両手に武器も持たずに近づき、怯える男の指を折り手首を砕き、助けを求める口を蹴り上げた。最後に首を捻り切り、放り出す。
数人いた誘拐犯をすべて血の海に沈め、ようやく気持ちが落ち着いた。その間も聞こえていた清らかで純粋な祈りに、オレは相応しい神じゃないんだろう。それでも手の届く範囲にあるこの子を助けてやることは出来る。
真っ赤に染まった手を忘れて髪をかき上げた。頬や額に赤が滴り、顔を顰める。
「セ、ティ?」
不安そうに揺れる声がひどく愛おしい。この気持ちを愛情と呼ぶなら、不安定で心地よくどこまでも醜い感情だった。
「そうだ、もう大丈夫、袋を外すぞ」
袋をとってすぐに後悔した。この血塗れの姿や場所を、この子は怖がるんじゃないか? 移動してから外せばよかったか。だがあの不安そうな祈りの声を聞いてしまえば、少しでも早く安心させたかった。
顔を上げたイシスの目が見開かれる。紫の瞳が零れ落ちそうなほど大きくなった。
ああ、失敗した。やはり見せるべきではなかった。我慢させればよかったものを、焦りすぎたな。嫌われるなら、この街で保護者を探して置いていくしかない。
そう考えた途端、ずきんと胸が痛む。奥の深い部分に棘が刺さったような鋭痛を、深呼吸して誤魔化した。今までもそうだったじゃないか。別にこの子だけが特別じゃない。自分に言い聞かせたが、イシスは泣きそうな顔で口を開いた。
「セティ、ケガしたの? どうしよう、僕が代わりにな……」
「そんな言霊は使うな」
慌てて止めた。この子は魔力が豊富で純粋だ。うっかり言葉にした言霊が実現する可能性がある。オレの痛みを肩代わりするつもりで、業まで引き受けたらどうする気だ。取り返しがつかない。
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「ありが、と」
助けてやった人間はたくさんいるが、誰もそんな言葉を向けなかった。驚いて動きがぎこちなくなるが、イシスの頬にキスを落とす。イシスの手足の紐を解いて捨てながら、手放せなくなる予感がした。
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