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08.狙われそうな子供(SIDEセティ)
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******SIDE セティ
一番近くの街に着いて、外壁の門で足を止める。雨が降っているせいか、夜だからか、並んでいる奴は少なかった。すぐに順番が来て、濡れていないオレに肩を竦める。魔法で雨や風を避けるのは魔術師なら珍しくなく、徒歩なら荷物を少なくする目的で多用した。雨具を持ち歩かなくて済む。
「魔術師か」
「ああ。身分証だ」
ずっと使用している魔術師の登録タグを見せる。魔力により模様が異なるタグは、偽造不可能とされてきた。そのため職業の登録タグでありながら身分証を兼ねている。国を跨いでも通用する利便性から、魔力の強い商人が取得することもあった。
「その毛布は?」
「……子供だ。起こすなよ」
先に注意してからそっと見せた。幼い顔の綺麗な子供をぐるぐる巻きにして持ち歩くオレは、親か奴隷商人か。疑われにくいよう、イシスの髪を赤く幻術で覆っていた。同じ髪色なら親子や兄弟で押し通せる。
「はぁ……綺麗な顔の子だな」
「だろ? だからいつも狙われる。包んで持ち込んでいいか?」
そう尋ねると事情を勝手に察してくれる。攫われる可能性が高い子供の顔を、街中で晒して歩けと命じる衛兵はいない。オレが魔術師だと名乗ったこともあり、騒動を起こせば被害が大きくなると考えるはずだった。その読みは当たったらしく、衛兵は苦笑いして頷く。
「構わない。何かあれば見回りの衛兵に声をかけてくれ」
これは予想外の譲歩だった。どうやら奴隷商人にイシスが拉致される懸念をもったようだ。仲間に周知しておいてくれるなら、こちらも助かる。素直に頷いたついでに尋ねた。
「この子を泊められる宿はあるか? 出来るなら風呂があるといい」
「値は張るが、黒猫亭か。あの店は料理もうまいしな」
衛兵のお墨付きなら、夜中に宿の人間に襲われる心配も不要だ。礼を言って、多めに通行料を払い地図を貰った。街はすでに夜の色に染まり、胸元をはだけた女性が妖艶に手招きする。酔っぱらいが歩き、飲み屋は大賑わいだった。
騒がしいので、イシスに防音の魔法をかけた。結界を兼ねているため、髪や腕を引っ張られる心配もない。抱え直した毛布でイシスの顔を隠し、オレは門番が話した黒猫亭を目指した。
部屋を取り、イシスをベッドに横たえる。祭りが近いらしく、この街は混雑していた。周辺から多くの人間が流れ込み、安い宿から埋まっていく。この黒猫亭は価格帯が高いため泊まれたが、この部屋を含めて残り2部屋だった。
「風呂は朝にするか」
ぐっすり眠るイシスを起こすのは可哀想だし、風呂で誰かにイシスの肌を見られるのも不愉快だ。人けのない早朝に入浴すれば襲われる心配も減るだろう。何より、暴力を怖がるこの子を大柄な男の前に出すのは気が引けた。
「……まだ起きないよな」
夜中に空腹で目が覚めると可哀想だが……軽食を運ばせるか。起こして食堂で食べさせるか。幻術で赤く見せた黒髪を指で梳くと、さらさらと柔らかい。だが手入れが行き届いていないため、時々指先に絡んだ。櫛に植物の香油を塗って梳かすんだったか。
収納空間に手を入れ、櫛を探す。何でも放り込んできた収納は、探し物を吐き出した。だが香油はさすがに持ち合わせがない。今まで必要としなかった。宿の女将に聞いてみようと立ち上がるが、くんと裾を引っ張られる。
振り返ったオレの上着の裾を、白い手がきゅっと掴んでいた。日に焼けていない肌は病的に白く、折れそうなほど細い痩せた指を振りほどくのは気が咎めた。抱っこして買い物にいくか。上着を脱いで置いていくか。選択肢を並べる間に、あふぅと欠伸をしたイシスが目を開く。
じっと見つめたあと、大きな目が瞬きした。顔の半分が目かと思うほど、強烈な印象を与える。紫水晶の美しい瞳は、今オレと同じ青に見えるよう幻術をかけていた。術をかけたオレに幻惑は効かない。
「起きたのか、イシス。何か食べられそう?」
小さく頷いたあと、おずおずと言葉を付け足した。
「食べる」
一番近くの街に着いて、外壁の門で足を止める。雨が降っているせいか、夜だからか、並んでいる奴は少なかった。すぐに順番が来て、濡れていないオレに肩を竦める。魔法で雨や風を避けるのは魔術師なら珍しくなく、徒歩なら荷物を少なくする目的で多用した。雨具を持ち歩かなくて済む。
「魔術師か」
「ああ。身分証だ」
ずっと使用している魔術師の登録タグを見せる。魔力により模様が異なるタグは、偽造不可能とされてきた。そのため職業の登録タグでありながら身分証を兼ねている。国を跨いでも通用する利便性から、魔力の強い商人が取得することもあった。
「その毛布は?」
「……子供だ。起こすなよ」
先に注意してからそっと見せた。幼い顔の綺麗な子供をぐるぐる巻きにして持ち歩くオレは、親か奴隷商人か。疑われにくいよう、イシスの髪を赤く幻術で覆っていた。同じ髪色なら親子や兄弟で押し通せる。
「はぁ……綺麗な顔の子だな」
「だろ? だからいつも狙われる。包んで持ち込んでいいか?」
そう尋ねると事情を勝手に察してくれる。攫われる可能性が高い子供の顔を、街中で晒して歩けと命じる衛兵はいない。オレが魔術師だと名乗ったこともあり、騒動を起こせば被害が大きくなると考えるはずだった。その読みは当たったらしく、衛兵は苦笑いして頷く。
「構わない。何かあれば見回りの衛兵に声をかけてくれ」
これは予想外の譲歩だった。どうやら奴隷商人にイシスが拉致される懸念をもったようだ。仲間に周知しておいてくれるなら、こちらも助かる。素直に頷いたついでに尋ねた。
「この子を泊められる宿はあるか? 出来るなら風呂があるといい」
「値は張るが、黒猫亭か。あの店は料理もうまいしな」
衛兵のお墨付きなら、夜中に宿の人間に襲われる心配も不要だ。礼を言って、多めに通行料を払い地図を貰った。街はすでに夜の色に染まり、胸元をはだけた女性が妖艶に手招きする。酔っぱらいが歩き、飲み屋は大賑わいだった。
騒がしいので、イシスに防音の魔法をかけた。結界を兼ねているため、髪や腕を引っ張られる心配もない。抱え直した毛布でイシスの顔を隠し、オレは門番が話した黒猫亭を目指した。
部屋を取り、イシスをベッドに横たえる。祭りが近いらしく、この街は混雑していた。周辺から多くの人間が流れ込み、安い宿から埋まっていく。この黒猫亭は価格帯が高いため泊まれたが、この部屋を含めて残り2部屋だった。
「風呂は朝にするか」
ぐっすり眠るイシスを起こすのは可哀想だし、風呂で誰かにイシスの肌を見られるのも不愉快だ。人けのない早朝に入浴すれば襲われる心配も減るだろう。何より、暴力を怖がるこの子を大柄な男の前に出すのは気が引けた。
「……まだ起きないよな」
夜中に空腹で目が覚めると可哀想だが……軽食を運ばせるか。起こして食堂で食べさせるか。幻術で赤く見せた黒髪を指で梳くと、さらさらと柔らかい。だが手入れが行き届いていないため、時々指先に絡んだ。櫛に植物の香油を塗って梳かすんだったか。
収納空間に手を入れ、櫛を探す。何でも放り込んできた収納は、探し物を吐き出した。だが香油はさすがに持ち合わせがない。今まで必要としなかった。宿の女将に聞いてみようと立ち上がるが、くんと裾を引っ張られる。
振り返ったオレの上着の裾を、白い手がきゅっと掴んでいた。日に焼けていない肌は病的に白く、折れそうなほど細い痩せた指を振りほどくのは気が咎めた。抱っこして買い物にいくか。上着を脱いで置いていくか。選択肢を並べる間に、あふぅと欠伸をしたイシスが目を開く。
じっと見つめたあと、大きな目が瞬きした。顔の半分が目かと思うほど、強烈な印象を与える。紫水晶の美しい瞳は、今オレと同じ青に見えるよう幻術をかけていた。術をかけたオレに幻惑は効かない。
「起きたのか、イシス。何か食べられそう?」
小さく頷いたあと、おずおずと言葉を付け足した。
「食べる」
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