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07.名前はない
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広がる景色は雨と風でぐしゃぐしゃだった。横から吹き付ける風と上から降ってくる冷たい水……これを雨と呼ぶのだとお爺ちゃんが教えてくれた。普段飲む水より冷たくて、洞窟に流れ込んでくる。首に回した手を伸ばして、降ってくる雨に触れた。
「冷えちゃうぞ」
温かい指に包まれて頷き、手を首に回そうとして止まる。冷たくて嫌かな。僕は冷たいのと硬いのは好きじゃない。背中をポンと叩いた人間が笑った。
「お前は警戒心の強い猫みたいだ」
猫、警戒心? よくわからないけど、強いのはいいこと。覚えている単語から理解して、冷たい手を毛布の中に入れた。少ししたら温かくなるから、また首に触ろう。抱っこは気持ちいい。頬をすりと首に擦ると、笑いながら頭を撫でてくれた。
「濡れないようにするからな」
よくわからないけど、人間は冷たい雨が降る中に出て行った。冷えた水に濡れると思って首を引っ込める。だけど冷たくなかった。上を見ると水は降ってきて、少し上で横に流れる。変な動きするのが気になり、手を伸ばしてみた。でも触れない。
「ちゃんと掴まれ。落ちちゃうぞ」
伸ばした手を掴んで首に回すように直されたので、両手でぎゅっとした。そのままゆらゆらと揺れながら、人間は歩いていく。僕は歩いていないのに進んでいた。下を見ても毛布だけ。一緒に進む理由が分からない。でも離れるのは嫌だから腕に力を入れた。
「街に着いたら宿を取って風呂に……あ、お前の名前聞いてなかった」
街、宿、風呂。それから名前。聞いたことがあるのは名前だけ。お爺ちゃんが頭を撫でながら「名前を呼んでやれないのが辛い」と言ってた。だから呼ぶのが名前だ。不思議に思って聞いたら、お爺ちゃんは何も答えてくれなかった。目元を擦ってたから、涙が出てたんだと思う……殴られてないのに。
「名前、わかるか」
名前という物は知ってる。だから頷いた。ほっとした様子で僕を見ながら、人間は自分の鼻を指さす。
「オレはセティだ。お前は?」
鼻に触れた指を僕の鼻に当てる。大きく首をかしげた。人間はセティ……多分名前。僕にもそういう名前あるのかな。
「名前あるんだろ?」
今度は首を横に振る。名前の存在は知ってるけど、僕にはない。お爺ちゃんも呼ばなかったから知らなかった。大きく首を振って、人間……セティを見つめる。青い瞳を真っすぐに見ると、考え込んでしまった。
「名前が分からない?」
「ない」
セティは僕が口を開いて言葉を言っても叩かなかった。すっかり忘れてたけど、僕話せるよ。名前はない、そう告げたら目を見開いて舌打ちした。チッて音……怖い。大きな人間は叩く前によくこの音をさせた。毛布の中に頭を突っ込んで待つけど、痛みはない。ゆっくり顔を上げると、泣きそうな顔で見られた。
どこか痛いの? 怖いのを我慢して首の手を頭に持っていく。確かこんな感じだった? 頭をぐりぐりと手で擦る。するとセティの顔が柔らかくなった。これ、凄いね。魔法みたい。
魔法は話に聞いたことが合って、お爺ちゃんが小さな火を出して見せてくれた。あれは何もないところから起きるんだって。人を幸せにするんだと言われたけど、頭を擦るのも幸せになるからきっと魔法だ。
僕にも出来た!
「ないと不便だから、オレがつけるか……イシスはどうだ?」
イシス――初めて聞いた響きだった。胸の奥がじんと温かくなる。
「お前の名前はイシス。荒ぶる神が定めた伴侶の名前だ」
話は半分しか分からない。僕にその名前をくれたのだと言うことは分かった。僕はイシス、そう呼ばれたら返事をすればいい。目の前の人間はセティ、優しくて叩かなくて温かい人間。
頭の中を整理してから、僕は大きく頷いた。
「冷えちゃうぞ」
温かい指に包まれて頷き、手を首に回そうとして止まる。冷たくて嫌かな。僕は冷たいのと硬いのは好きじゃない。背中をポンと叩いた人間が笑った。
「お前は警戒心の強い猫みたいだ」
猫、警戒心? よくわからないけど、強いのはいいこと。覚えている単語から理解して、冷たい手を毛布の中に入れた。少ししたら温かくなるから、また首に触ろう。抱っこは気持ちいい。頬をすりと首に擦ると、笑いながら頭を撫でてくれた。
「濡れないようにするからな」
よくわからないけど、人間は冷たい雨が降る中に出て行った。冷えた水に濡れると思って首を引っ込める。だけど冷たくなかった。上を見ると水は降ってきて、少し上で横に流れる。変な動きするのが気になり、手を伸ばしてみた。でも触れない。
「ちゃんと掴まれ。落ちちゃうぞ」
伸ばした手を掴んで首に回すように直されたので、両手でぎゅっとした。そのままゆらゆらと揺れながら、人間は歩いていく。僕は歩いていないのに進んでいた。下を見ても毛布だけ。一緒に進む理由が分からない。でも離れるのは嫌だから腕に力を入れた。
「街に着いたら宿を取って風呂に……あ、お前の名前聞いてなかった」
街、宿、風呂。それから名前。聞いたことがあるのは名前だけ。お爺ちゃんが頭を撫でながら「名前を呼んでやれないのが辛い」と言ってた。だから呼ぶのが名前だ。不思議に思って聞いたら、お爺ちゃんは何も答えてくれなかった。目元を擦ってたから、涙が出てたんだと思う……殴られてないのに。
「名前、わかるか」
名前という物は知ってる。だから頷いた。ほっとした様子で僕を見ながら、人間は自分の鼻を指さす。
「オレはセティだ。お前は?」
鼻に触れた指を僕の鼻に当てる。大きく首をかしげた。人間はセティ……多分名前。僕にもそういう名前あるのかな。
「名前あるんだろ?」
今度は首を横に振る。名前の存在は知ってるけど、僕にはない。お爺ちゃんも呼ばなかったから知らなかった。大きく首を振って、人間……セティを見つめる。青い瞳を真っすぐに見ると、考え込んでしまった。
「名前が分からない?」
「ない」
セティは僕が口を開いて言葉を言っても叩かなかった。すっかり忘れてたけど、僕話せるよ。名前はない、そう告げたら目を見開いて舌打ちした。チッて音……怖い。大きな人間は叩く前によくこの音をさせた。毛布の中に頭を突っ込んで待つけど、痛みはない。ゆっくり顔を上げると、泣きそうな顔で見られた。
どこか痛いの? 怖いのを我慢して首の手を頭に持っていく。確かこんな感じだった? 頭をぐりぐりと手で擦る。するとセティの顔が柔らかくなった。これ、凄いね。魔法みたい。
魔法は話に聞いたことが合って、お爺ちゃんが小さな火を出して見せてくれた。あれは何もないところから起きるんだって。人を幸せにするんだと言われたけど、頭を擦るのも幸せになるからきっと魔法だ。
僕にも出来た!
「ないと不便だから、オレがつけるか……イシスはどうだ?」
イシス――初めて聞いた響きだった。胸の奥がじんと温かくなる。
「お前の名前はイシス。荒ぶる神が定めた伴侶の名前だ」
話は半分しか分からない。僕にその名前をくれたのだと言うことは分かった。僕はイシス、そう呼ばれたら返事をすればいい。目の前の人間はセティ、優しくて叩かなくて温かい人間。
頭の中を整理してから、僕は大きく頷いた。
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