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02.本物の猫と偽物の猫がいる?
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森の中で熊さんに出遭ったら、どうするべきか。たしか死んだふりは効果がない。熊は死んでても食料にするから……。国営放送で観た注意が頭を過る。逃げても平地なら車と変わらない速度で追ってきたと思う。アイカは真剣に悩んだ結果、猫だけなら逃がせるかも? と体を張る決意をした。
「見たことない種族だね、どっから来たんだい」
食べるなら頭からお願いします。出来るだけ痛くない方法で……え? 悲壮な覚悟を決めたアイカの正面に立つ熊は、女性の声で話し始めた。雰囲気は田舎のおばさんである。話し方も穏やかなら、威嚇もされない。熊はのんびりと答えを待っていた。
「え、あの……分かりません」
穏やかな様子に、緊張の糸が切れたアイカはぺたりと座り込む。分からないと答えた途端、不安が押し寄せた。そうだ、何も分からない。ここがどこなのか、どうやったら帰れるのかも。まったく想像出来なかった。
「一緒の猫は、本物の猫なのかい?」
本物の猫と偽物の猫がいるんだろうか。質問の意図が掴めず首を傾げたら、熊はどっこらせと腰を下ろした。熊なのだから当然だが、マットやシートを敷く様子はない。目線は明らかに熊の方が高く、見上げる形だった。
「本物?」
「にゃん、としか鳴かない動物なのかって意味さね」
変な方言っぽい語尾に気を取られながらも頷いた。どっと疲れが押し寄せて、いまにも寝てしまいそうだ。アイカは閉じそうになる目蓋と戦いながら、熊の顔を見上げた。大きな黒い瞳に害意はないと思う、たぶん。緊張が切れて、脱力しちゃったのかな。
「そんなら、異世界から来たんだね。昔話で聞いたことがあるよ。ひとまず家に……おや、お嬢さん? ちょっと」
おばさんっぽい熊が話し終る前に、善戦虚しくアイカの目蓋は眠気に負けた。閉じたら、なぜ今まで起きていられたのか不思議なほどだ。意識が遠ざかって、猫達を守らなければと思いながら倒れた。驚いたのは熊の方だ。話の途中で意識を失った新種の生物を眺め、猫達を見回す。
毛繕いする三毛猫オレンジが、ぎにゃにゃと話しかけてきた。残りの猫達は気を失った子に近づき、頬を舐めたり胸の上に寝たりと好き放題だ。猫の鳴き声での会話は出来ないが、何となく心配しているのだろうと察した。
「荷物はこれだけだね。じゃあ、家まで付いておいで」
拾い上げたアイカを肩に乗せ、中身のない箱も軽々と持ち上げた。猫達が付いて来るのを確認しながら、熊のブレンダは家に向かって歩き出す。
好物の蜂蜜を採取にきたのだが、変な生き物を拾ってしまった。猫も獣人ではなく、本物の猫みたいだ。お伽噺や昔話でしか知らない別世界の住人だろう。そう思うとわくわくして、平凡で退屈だった日々が鮮やかに蘇る気がした。
子どもの頃は鮮やかだった世界、大人になるほど曇って灰色に染まっていく。そんな日常を彩る、非日常の登場だ。
道なき草原を一時間ほど歩いた先にある自宅に着く頃、ブレンダは猫ツリーと化していた。疲れた猫達は遠慮容赦なく、ブレンダによじ登る。野生の欠片もない飼い猫達は、欠伸をしながらブレンダの家の扉をくぐった。
「別世界から落ちてきた場合、届け出が必要だっけ? 隣のトムじいさんが詳しいだろうね」
昨日作った残りのシチューを火にかけ、猫達に水とパンを並べてからブレンダは隣家に向かう。といっても距離は片道十分、往復した頃にはシチューの底がやや焦げ始めていた。
「見たことない種族だね、どっから来たんだい」
食べるなら頭からお願いします。出来るだけ痛くない方法で……え? 悲壮な覚悟を決めたアイカの正面に立つ熊は、女性の声で話し始めた。雰囲気は田舎のおばさんである。話し方も穏やかなら、威嚇もされない。熊はのんびりと答えを待っていた。
「え、あの……分かりません」
穏やかな様子に、緊張の糸が切れたアイカはぺたりと座り込む。分からないと答えた途端、不安が押し寄せた。そうだ、何も分からない。ここがどこなのか、どうやったら帰れるのかも。まったく想像出来なかった。
「一緒の猫は、本物の猫なのかい?」
本物の猫と偽物の猫がいるんだろうか。質問の意図が掴めず首を傾げたら、熊はどっこらせと腰を下ろした。熊なのだから当然だが、マットやシートを敷く様子はない。目線は明らかに熊の方が高く、見上げる形だった。
「本物?」
「にゃん、としか鳴かない動物なのかって意味さね」
変な方言っぽい語尾に気を取られながらも頷いた。どっと疲れが押し寄せて、いまにも寝てしまいそうだ。アイカは閉じそうになる目蓋と戦いながら、熊の顔を見上げた。大きな黒い瞳に害意はないと思う、たぶん。緊張が切れて、脱力しちゃったのかな。
「そんなら、異世界から来たんだね。昔話で聞いたことがあるよ。ひとまず家に……おや、お嬢さん? ちょっと」
おばさんっぽい熊が話し終る前に、善戦虚しくアイカの目蓋は眠気に負けた。閉じたら、なぜ今まで起きていられたのか不思議なほどだ。意識が遠ざかって、猫達を守らなければと思いながら倒れた。驚いたのは熊の方だ。話の途中で意識を失った新種の生物を眺め、猫達を見回す。
毛繕いする三毛猫オレンジが、ぎにゃにゃと話しかけてきた。残りの猫達は気を失った子に近づき、頬を舐めたり胸の上に寝たりと好き放題だ。猫の鳴き声での会話は出来ないが、何となく心配しているのだろうと察した。
「荷物はこれだけだね。じゃあ、家まで付いておいで」
拾い上げたアイカを肩に乗せ、中身のない箱も軽々と持ち上げた。猫達が付いて来るのを確認しながら、熊のブレンダは家に向かって歩き出す。
好物の蜂蜜を採取にきたのだが、変な生き物を拾ってしまった。猫も獣人ではなく、本物の猫みたいだ。お伽噺や昔話でしか知らない別世界の住人だろう。そう思うとわくわくして、平凡で退屈だった日々が鮮やかに蘇る気がした。
子どもの頃は鮮やかだった世界、大人になるほど曇って灰色に染まっていく。そんな日常を彩る、非日常の登場だ。
道なき草原を一時間ほど歩いた先にある自宅に着く頃、ブレンダは猫ツリーと化していた。疲れた猫達は遠慮容赦なく、ブレンダによじ登る。野生の欠片もない飼い猫達は、欠伸をしながらブレンダの家の扉をくぐった。
「別世界から落ちてきた場合、届け出が必要だっけ? 隣のトムじいさんが詳しいだろうね」
昨日作った残りのシチューを火にかけ、猫達に水とパンを並べてからブレンダは隣家に向かう。といっても距離は片道十分、往復した頃にはシチューの底がやや焦げ始めていた。
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