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3.これは公爵家の義務ですのよ

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 高位貴族は見目麗しい令嬢を娶り、子を成します。その子は両親に似て、外見が整っているのが自然の摂理。外見が美しいことは、貴族にとって血筋の正当性を示す上で重要でした。美しい者同士が婚姻を重ねることで、その美しさは洗練されていきます。

 王族が金髪碧眼なのも、作り上げられた作品と考えれば当然でした。ですが、逆に中身は劣化していきます。他家や他国の血を拒んだ王族は徐々に衰退しました。新たな子が生まれず、生まれても病弱で成人出来ない。そこで慌てて、当代の国王陛下の正妃に隣国の王女殿下を迎えました。

 正直、手遅れでしたね。先代国王陛下は心配し、優秀な側妃を宛がい優秀な第二王子殿下を得ましたが。慣例に従い、正妃である王妃殿下の第一王子レオポルド様が王太子の座に就かれました。お祖父様の先代国王陛下が生きておられたら、あり得ない状況です。

「普通に考えたら、第二王子殿下が即位するべきよね」

「出来がまるで違うもの」

「公爵家として、お父様はレオポルド殿下の即位を全力で阻む気ですわ」

 教室で溜め息をつきます。そこで気持ちを切り替え、顔を近づけました。扇で口元を覆うのは、他の者に言葉を読ませないため。万が一にも読まれたら、作戦が漏れてしまいますわ。宴のように騒がしい場でも扇で口元を覆って話をするのは、この習慣が影響していました。男性でもグラスや手で隠しますし。

「件の伯爵令嬢、なんて仰ったかしら」

「スキーパ伯爵家だったわ。ご令嬢のお名前はフランカ……?」

 記憶を頼りに口にして、袖に隠したメモを確認する。

「ごめんなさい、フランカは平民の時のお名前ね。引き取られてからフランチェスカに改名なさったわ」

 貴族令嬢は長い名前が多く、平民は短い名前が好まれる。そのため引き取った伯爵家で名前を付け直したのでしょう。貴族であると示すために。野心家のスキーパ伯爵は、引き取ったご令嬢を王家や高位貴族に嫁がせたいと考えています。王太子殿下なんて、最高の餌でした。

「作戦通りいくかしら」

「成功させないと、私達の誰かがあの方の妻になるのよ」

 ぞっとして身震いした私は、同じように身を竦ませた二人と笑い合いました。なんだか楽しいですわね。さあ、準備に取り掛からなくては。

 スキーパ伯爵令嬢になったフランチェスカを王太子殿下に会わせるため、私達はレオポルド殿下を中庭に呼び出しました。時間をずらして、先にフランチェスカと話す時間を作ります。その場で、礼儀作法の些細なミスを厳しく叱りました。

「可哀想ですが、あなたの将来のためですわ」

「出来なくて恥をかくのは、あなたご自身なのよ」

 私達と同じレベルを求めるのはさすがに酷なので、伯爵令嬢として求められる水準で話します。偶然中庭に居合わせた伯爵令息や侯爵令嬢も、顔を見合わせるものの口出しはしませんでした。私達の指摘に間違いがないからです。

「ひどいわっ、学園では身分は関係ないって」

「身分が関係ないわけはございません。校則を勝手に捻じ曲げられては困ります」

「そうよ。身分を振り翳す行為を禁止しているだけですわ」

「あなたの作法が間違っているのを正すのは、先輩として当然の責務です。今直さねば、将来のあなたが大変なのですから」

 正論で武装する私達に、周囲は納得しました。同じ伯爵家のご令嬢が注意しても聞かなかった、そう報告も受けております。学生であることに甘えれば、しっぺ返しは卒業後の当人の首を絞めるのですから。

「アン、クレア、ステフィ! やめるんだ!」

「あら、王太子殿下」

 予定通りの時間に現れた王太子殿下が庇うのを見て、すっとその場を後にしました。抱き寄せて慰める姿は、王家が付けた影に確認されているでしょう。私達に非がないことも、彼らが証明してくれます。

 婚約者候補の公爵令嬢の前で、候補に挙がっていない伯爵令嬢を抱き締める……許されるのは物語の中だけですわ。これだけでも重大な瑕疵ですが、まだ手ぬるいでしょう。王太子殿下だけでなく、国王陛下が無理を押し通せない状況を作る必要がありますわ。

「次は勉強会へのお誘いでしたわね」

「あら、お茶会ではなくて?」

 くすくす笑うアンとクレア。お茶会と称して誘い、作法のお勉強会を行う予定です。これは急遽決まったのではなく、もともと学院からの依頼で受け継がれる慣習でした。男爵家や子爵家では、作法を習う家庭教師を雇える家も限られます。両親や親族から習う者が多く、基礎が疎かになっていました。

 伯爵家以上の家格ならば、きちんとした家庭教師に教わった者ばかりです。基礎を教える場として、お茶会は週に数回開催されてきました。公爵令嬢である私達もお茶会と銘打った勉強会を行う義務があります。ええ、そう、これは公爵家の義務ですのよ。

「貴様ら! 高位の者が下の者を虐げるなど、恥を知れ!!」

 突然乱入して騒ぐ王太子殿下に、私達3人は目を見開きました。思ったより順調ですわ。腕にしっかりと件の伯爵令嬢を抱き寄せ、涙を拭ってあげております。順調すぎて笑ってしまいますが、これが策略家の皆様が仰る「堕ちる阿呆を愛でる」心境なのでしょうか。

 隣国の王家の方々などと交流しておりますと、自然にそういった内容のお話を聞くことがございます。もちろん、どなたがどなたに対して仕掛けたなどと、外へ漏らす愚行はいたしませんわ。外交どころか、私どもの信用問題になりますもの。

「王太子殿下、落ち着いてくださいませ」

 微笑んで窘めますが、興奮状態でお耳に届きません。憤慨して怒鳴り散らした後、伯爵令嬢だけを連れて出て行かれました。今日の主催である私を庇う位置に立つアンとクレアの影で、こっそり拳を握っておりましたわ。嫌です、はしたない行為ですね。私も気を付けなくては……うふふっ。







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