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第二十一章 寿命という概念

第95話 仮装する収穫祭(6)

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 宿まであと少しのところで、ケンカを見かけた。惚れた女性のエスコート役で、2人の男性が争っている。周りを多くの人々が囲んで、はやし立てていた。祭りではよくある光景なのだろう。衛兵もよほどひどい殴り合いでなければ、手を出さない方針らしい。

「こういうの、前にあったな」

 ジルの呟きに、ルリアージェも心当たりを引っ張り出す。

「あれか? ジルが地方領主の妻に言い寄られたとき、それとも未亡人が短剣振りかざして追っかけてきたとき……」

 指折り羅列するルリアージェの指がまた折られるのを遮って、ジルはにっこり笑った。色彩がいつもと違っていても、印象をぼかしても美形は得だ。笑顔で黙らせたジルが「違うよ」と否定した。

「ほら、辺境の街で着飾ったじゃないか。あの時にお忍びの姫君と騎士のオレ達に絡んだチンピラがいただろう。周りを街の人がぐるりと……こんな感じで囲んでた」

「思い出した!」

 確かにそんな事件もあった。ルリアージェが食べたいと強請った屋台の肉串を買ったジルが戻ると、大人しく待っているはずの彼女が絡まれており、しかもジルの助けを待たずにやっつけた。あの時はまだ手配書が出て間もない時期で、バレないよう場を濁して逃げ出したのだ。

「懐かしいな。リアと出会ってすぐの頃だ」

「出会ったというより、纏わりつかれたの方が近い」

 文句を言いながらも絡んだ腕を離さないルリアージェの、今は赤い巻髪にキスを落とす。どんな外見でも関係ない。この魂を愛したのだから。黒髪でも、いっそ髪がなくても……彼女を美しいと思う気持ちは変わらないと断言出来た。

「ねえ、そのあたりの話をご飯の時に聞きたいわ」

 両親のなれそめ話を強請る子供みたいに、ライラは無邪気に強請った。ケンカの騒動の横をすり抜けて、2ブロック先の宿の暖簾をくぐる。祭りの間は食堂を解放すると言っていた通り、いろんな人々が集まっていた。

「おう、お帰り。飯なら用意するが」

「ああ、頼む」

 すぐに席に案内され、待っている一見客を尻目に料理が運ばれてくる。南瓜や芋を使った温野菜、キノコのスープ、柔らかなパンと赤い木の実のジャムが並んだ。少し待つとメインだと言われ、鶏肉の香草詰めが2羽も置かれる。

「豪華だな」

「祭りの間は、王様のおかげで食材が安いからな」

「素晴らしい王様だ」

「ああ」

 褒めると照れ臭そうに鼻の脇を掻いた店主が、サービスのワインを1本くれた。そんなルリアージェのやり取りを見ながら、リシュアがぼそっと呟く。

「リア様は人たらしの才能がありますね」

「あら、魔性たらしもすごいわよ」

 パウリーネの追撃に、魔性達は顔を見合わせて笑う。店主にワインの礼を言ったルリアージェを温かく迎えた魔性達は、人の家族のように振る舞った。

 もらったワインを喜び、瓶を開けてグラスに均等に注ぐ。それから鳥や野菜を取り分け、各々食べながら旅の話を楽しんだ。祭りの賑やかな空気を楽しんだ彼と彼女らは、酒の余韻をそのままに部屋に向かい……最後に部屋割りで少しだけ揉める。

 居心地よい雰囲気に始終、ルリアージェの顔から笑みが消えることはなかった。
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