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第二十章 愛し愛される資格

第87話 螺旋の風が止まるとき(3)

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 手に槍を呼び出したラーゼンが刃を弾く。激しい打ち合いが続き、次第にジルが押し始めた。互いの肌に触れていない武器による傷が刻まれていく。人であれば激痛で武器を持てぬほど、深く鋭く傷つけられた肌は赤く染まった。

 ラーゼンの槍がジルの右腕を切り裂く。真っ赤な血が噴き出した傷を一瞥し、ジルの鎌がばさりとラーゼンの前髪を斬りおとした。魔王の顔に細い線傷が浮かぶ。

「ちっ」

 首を落とし損ねた。舌打ちしたジルが舞うような足運びで距離を詰める。優雅な動きのジルを追う黒髪がふわりと揺れた。

 曲線の鎌と直線の槍の戦いは、速さを求めるなら槍が有利だ。しかし使い手の技量に差があれば、鎌の方が使い勝手がいい。弾いた直後に捻って絡め、槍の穂先を器用に落とした。

 死神の鎌の刃が、今度こそラーゼンの首を捉えた。半分ほど首に食い込ませたところで、ジルは手を止める。

「リアはどこだ?」

「首を落とせ」

 痛みに鈍い魔性であっても、死神の鎌を受けて平然とする気力は敵ながら見事だ。ぬるりと血で滑る柄を握り、ジルは眉をひそめた。

「数万年眠る気か?」

「それも悪くあるまい」

 ジフィールが固執する女はマリニスの手元にあった。彼ならば上手に扱うだろう。切り札は手元に置いて、ちらつかせてこそ効果を発揮するもの。自分が負けてマリニスが嘆くなら、この死にも価値がある。長く生き過ぎたゆえに、風の魔王ラーゼンに己を惜しむ気はなかった。

「ならば死ね」

 この男がここまで強情を張るなら、火の魔王マリニスの手元にルリアージェはいる。確証を得たジルがアズライルを引いた瞬間、叩きつけられた灼熱の刃に手首を落とされた。

「っ!」

 転移で現れたマリニスが放った刃は不意打ちに成功したが、とっさに防ごうと翳したジルの右手首を落としただけに留まった。首を狙われたジルは、左手のアズライルに目配せする。

「マリニス!?」

 叫んだラーゼンの首から流れ出る血が、彼の声を濁らせた。

「リアを返してもらおうか」

「……ラーゼンと交換だ」

 マリニスの要求に、ジルの口角が持ち上がった。傲慢な態度でマリニスを見下しながら、アズライルから手を離した。意思を持つ武器は自らラーゼンの首に食い込んでいく。

「あの女は返す。だから」

「ならば無事の確認をさせてもらおう」

 灰色の長いローブを纏うマリニスが袖をばさりと振った。隣に燃える炎の中に、透明の球体が現れる。炎を通じての転移なのだろう。球体は炎を吸い込むように大きくなり、逆に火は徐々に消えていった。最後に残ったのは球体に閉じ込められた美女のみ。
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