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第十八章 新たなる戦の火種
第74話 公爵家への招待状(2)
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「昨日も苺だったから、違うものがいい」
甘やかされ、人族の常識から遠ざかったルリアージェは、平然と我が侭を口にした。この時期に生の苺を使ったタルトは、王族すら望めない高級品だ。しかし飽きたと言わんばかりの我が侭で、ルリアージェは別の菓子を希望する。それを疎ましいと思うはずのないジルは、少し考えて侍女に声をかけた。
「檸檬を使ったチーズケーキがいいな」
「はい」
部屋の飾りのように控えていた侍女が、一度部屋を出る。ライラの配下である精霊は一度消えると、何もなかったようにケーキを手に戻ってきた。美しい輪切りの檸檬が飾られ、艶のある白い柔らかなケーキがそっと並べられる。
「リアの口に合うといいけれど」
後ろでひとつに結った黒髪を揺らして、ジルは最初のナイフを入れた。1/6に切り分ける位置にナイフを当てて、ルリアージェに微笑みかける。少し悩んだルリアージェが指先を少し左側に動かした。欲張って僅かに大きく切り分けて欲しいと願う彼女の意図を読み取り、ジルが左にナイフの位置をずらす。
公爵という貴族の中で最上位の階級にいる者が、こうした侍女や執事のような真似をすることはない。しかし優雅に切り分けたジルはルリアージェの前へ、慣れた手つきでケーキを差し出した。
「ありがとう」
ジルだけでなく、ケーキを取りに行った侍女にも声をかける公爵夫人の様子にも驚きながら、使者は風の噂を思い出していた。
サークレラの王位にもっとも近いマスカウェイル公爵は、自らの王位継承順位をさげて今の地位に残った。その理由が最愛の妻にあり、彼女が王妃になることを望まなかったためだと……。どこまでも妻を甘やかす今の姿を見れば、確かに噂は真実なのだろう。
隣国であるリュジアンが滅びたのは、この美しい銀髪の公爵夫人を罠にかけようとしたためと伝え聞く。最愛の妻への暴行未遂、リュジアン王女の横恋慕、挙句が嘘をでっち上げて王宮で断罪しようとした。この溺愛ぶりでは、国を滅ぼさんばかりの報復も当然だと納得できる。
だからこそ、自国の王の愚かな招待が悪手に思えて溜め息が零れた。
「使者殿はいつまでこの場におられるのか」
ルリアージェの選んだチーズケーキにあわせ、ほんのり甘い紅茶を用意しながらリシュアは首をかしげた。一家団欒の場に、部外者が混じっているとやんわり指摘する。
使者とて無粋は分かっていても、ツガシエ国王に命じられた立場上手ぶらで帰れないのが本音だった。
甘やかされ、人族の常識から遠ざかったルリアージェは、平然と我が侭を口にした。この時期に生の苺を使ったタルトは、王族すら望めない高級品だ。しかし飽きたと言わんばかりの我が侭で、ルリアージェは別の菓子を希望する。それを疎ましいと思うはずのないジルは、少し考えて侍女に声をかけた。
「檸檬を使ったチーズケーキがいいな」
「はい」
部屋の飾りのように控えていた侍女が、一度部屋を出る。ライラの配下である精霊は一度消えると、何もなかったようにケーキを手に戻ってきた。美しい輪切りの檸檬が飾られ、艶のある白い柔らかなケーキがそっと並べられる。
「リアの口に合うといいけれど」
後ろでひとつに結った黒髪を揺らして、ジルは最初のナイフを入れた。1/6に切り分ける位置にナイフを当てて、ルリアージェに微笑みかける。少し悩んだルリアージェが指先を少し左側に動かした。欲張って僅かに大きく切り分けて欲しいと願う彼女の意図を読み取り、ジルが左にナイフの位置をずらす。
公爵という貴族の中で最上位の階級にいる者が、こうした侍女や執事のような真似をすることはない。しかし優雅に切り分けたジルはルリアージェの前へ、慣れた手つきでケーキを差し出した。
「ありがとう」
ジルだけでなく、ケーキを取りに行った侍女にも声をかける公爵夫人の様子にも驚きながら、使者は風の噂を思い出していた。
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だからこそ、自国の王の愚かな招待が悪手に思えて溜め息が零れた。
「使者殿はいつまでこの場におられるのか」
ルリアージェの選んだチーズケーキにあわせ、ほんのり甘い紅茶を用意しながらリシュアは首をかしげた。一家団欒の場に、部外者が混じっているとやんわり指摘する。
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