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第十五章 茶番劇は得意ですか
第53話 扇動される側も悪いのですよ(3)
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もう動けないと涙ぐんだ彼女の目に映ったのは、棍棒を振り上げる男だ。
北方の国特有の白い肌に、淡い色の髪に、美しいと褒め称えられた顔に、棍棒は振り下ろされた。周囲の国民は止めるどころか、手にした火掻き棒や薪を同じように打ちつける。
響き渡る悲鳴が小さくなり呻きだけになった頃、ようやく彼らの手が止まった。
「よし、門壁へ晒すぞ」
「おう」
「これで本当にサークレラが許してくれるんだろうか」
「何もせず殺されるわけにいかない」
様々な声が王女の耳に届く。北のリュジアン第一王女として、彼女は人々の上に立ってきた。そんな女性が今は見るも無残な姿で引きずられていく。国民達の不安は、王女を傷つけたことになかった。彼らの意識は、自分達が生き残る手段へ向いている。
宣戦布告したサークレラ国は、大陸を支配する9カ国の中でもっとも広大で肥沃な領土を持ち、豊かな財源を誇る国だ。にもかかわらず他国に侵略されなかった理由は、強大すぎる軍の装備にあった。他国にはない魔道具、屈強で忠誠心厚い兵士、国を守るための外壁など。戦争をして到底勝てる相手ではない。
リュジアンと違い、冬に雪や氷に閉ざされることがないサークレラは豊かな国土を基礎に、他国を脅かす武力と財力を誇った。しかし攻め込まれなければ、彼らは牙をむかない。そのため勘違いした小国が稀に戦を起こして敗北する姿は、過去数百年の歴史に刻まれていた。
国民自ら手を汚して王族を排除したら、民は許される。自治領になれば、尊厳が守られて奴隷に落ちることもなく、サークレラの民と同じ豊かな生活が出来る。サークレラの宣戦布告と同時に広まった、出所不明の噂は『希望』として国民に受け止められていた。
王宮襲撃は躊躇う国民だが、目の前に王族が放逐されるたびに地獄の追いかけっこが繰り返される。相手は一人、護衛もなくふらふらと豪華な衣服をまとって現れるのだ。追いかけない理由がなかった。
身に纏った貴重品や装飾品を奪い、苦労を知らない白い手を潰し、鼻持ちならない顔を滅茶苦茶に叩く。ぼろぼろになった王族を街中引きずりまわして、最後にサークレラがある南門へ晒すのだ。
誘導された残酷な行為は、魔性らしい遊びと言い換えることが出来るだろう。かつて人族の国を操り滅ぼした上級魔性であるジルやリオネル達にとって、ひとつの遊びであり、同時に最愛の主を傷つけようとした輩への報復だった。
南門の壁に3つ目の人柱が立つ。王妃、第二王子、第一王女……本当に罪深い王族達は、外の騒動を伝え聞き震えながら己の番が遅くなるよう祈るしかなかった。
新たな赤い人柱に目を細め、黒髪の死神がうっそり笑う。
「どこまでも哀れで、愚かな生き物だ……己の意思すら操れないのだから」
北方の国特有の白い肌に、淡い色の髪に、美しいと褒め称えられた顔に、棍棒は振り下ろされた。周囲の国民は止めるどころか、手にした火掻き棒や薪を同じように打ちつける。
響き渡る悲鳴が小さくなり呻きだけになった頃、ようやく彼らの手が止まった。
「よし、門壁へ晒すぞ」
「おう」
「これで本当にサークレラが許してくれるんだろうか」
「何もせず殺されるわけにいかない」
様々な声が王女の耳に届く。北のリュジアン第一王女として、彼女は人々の上に立ってきた。そんな女性が今は見るも無残な姿で引きずられていく。国民達の不安は、王女を傷つけたことになかった。彼らの意識は、自分達が生き残る手段へ向いている。
宣戦布告したサークレラ国は、大陸を支配する9カ国の中でもっとも広大で肥沃な領土を持ち、豊かな財源を誇る国だ。にもかかわらず他国に侵略されなかった理由は、強大すぎる軍の装備にあった。他国にはない魔道具、屈強で忠誠心厚い兵士、国を守るための外壁など。戦争をして到底勝てる相手ではない。
リュジアンと違い、冬に雪や氷に閉ざされることがないサークレラは豊かな国土を基礎に、他国を脅かす武力と財力を誇った。しかし攻め込まれなければ、彼らは牙をむかない。そのため勘違いした小国が稀に戦を起こして敗北する姿は、過去数百年の歴史に刻まれていた。
国民自ら手を汚して王族を排除したら、民は許される。自治領になれば、尊厳が守られて奴隷に落ちることもなく、サークレラの民と同じ豊かな生活が出来る。サークレラの宣戦布告と同時に広まった、出所不明の噂は『希望』として国民に受け止められていた。
王宮襲撃は躊躇う国民だが、目の前に王族が放逐されるたびに地獄の追いかけっこが繰り返される。相手は一人、護衛もなくふらふらと豪華な衣服をまとって現れるのだ。追いかけない理由がなかった。
身に纏った貴重品や装飾品を奪い、苦労を知らない白い手を潰し、鼻持ちならない顔を滅茶苦茶に叩く。ぼろぼろになった王族を街中引きずりまわして、最後にサークレラがある南門へ晒すのだ。
誘導された残酷な行為は、魔性らしい遊びと言い換えることが出来るだろう。かつて人族の国を操り滅ぼした上級魔性であるジルやリオネル達にとって、ひとつの遊びであり、同時に最愛の主を傷つけようとした輩への報復だった。
南門の壁に3つ目の人柱が立つ。王妃、第二王子、第一王女……本当に罪深い王族達は、外の騒動を伝え聞き震えながら己の番が遅くなるよう祈るしかなかった。
新たな赤い人柱に目を細め、黒髪の死神がうっそり笑う。
「どこまでも哀れで、愚かな生き物だ……己の意思すら操れないのだから」
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