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第六章 幻妖の森

第18話 幻妖の森の迷子たち(2)

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「入ると二度と戻れず、植物に血を吸われ、多くの死体が転がる、気狂いの森……だったか?」

 指折り数えてみるが、本当に嫌な噂ばかりだった。よい話がひとつもない。溜め息を吐いたルリアージェの隣で、払われた手を再び伸ばして抱き寄せる懲りない男が飄々ひょうひょうと答えた。

「『迷宮』のひとつだからな。仕方ないだろ」

 聞き覚えのない単語にルリアージェがジルを見上げる。肩を抱き寄せる手を摘んで、さりげなく落とした。これだけの美男美女が共にあって、ここまで麗しくない光景も珍しい。

「迷宮とは?」

「人間には伝わってないのか……まあ一言で表すと『力ある何かが封印された場所』だな。大災厄と呼ばれたオレを封じた金剛石を奉るテラレスも、迷宮扱いだったぞ。 だから、魔性がほとんど近寄らなかっただろう?」

 言われて、かつて学んだ歴史を思い出す。1000年前のアティン帝国滅亡後、4つに分かれた国はさらに分裂して9つになった。その間に様々な災難や天災、魔性による被害が記録されているが……確かにジルの言う通り、テラレスに大きな災いはない。

 他国から攻め込まれることも少なく、豊かな国だった。あの平和は、そんな意味合いがあったのか。

「戦争も人が起こすんじゃない。魔性が暇つぶしに駒を操った結果なんだよ。だから迷宮テラレスには手を

 とんでもない発言だが、ジルのいうことは事実なのだろう。彼が嘘をいう必要はないし、今回の騒動を見て気付いたのだ。魔性は人間を簡単に滅ぼせる。だからこそ滅ぼさないように調整しているのだ、と。

 そこに何らかの意思が働いているとして、人間にとって不愉快であっても、不利ではなかった。操られて戦う者もいれば、抗って平和を求める者もいる。すべてが魔性の思い通りになるなら、彼ら自身が攻め込んでくる災いは存在しないのだから。駒と考える人間が動かない時に、魔性自身が直接動くのだ。

 テラレスでは聞かなかったが、他国は魔性に攻め込まれて戦った経験もあると聞く。

「おっと」

 ジルがルリアージェの右手を掴んで、ぐいっと引き寄せる。すぐ後ろを人間より大きな木が走り抜けた。青い幹に赤い枝、緑の葉をもつ不思議な木は、少し先の陽だまりで再び根を張る。しばらく陽を浴びると、上に鮮やかな紺の花を咲かせた。葉の影なので黒にも見える。
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