9 / 386
第二章 アスターレン
第9話 炎の襲撃(1)
しおりを挟む
正直、驚いた。
妙な野心は持たぬ優秀な義弟が見つけた存在は、優雅に膝をついて声がかりを待つ。スカートを摘む指先や顔を伏せる仕草、スムーズで滞りない礼儀作法は貴族の令嬢と比べても遜色なかった。
貴族の生まれか、もしかしたら王族の連なりかも知れない。
少なくとも付け焼刃で身につく所作ではない。
深く身を屈めて地に膝をつく女性は、とても整った外見をしていた。
きつい王族の言葉に怯むでもなく、卑屈に振舞う様子もない。風に揺れる銀の髪が細い首を覆い、伏せられた眼差しは蒼――海の色を思わせた。
柔らかそうな銀髪を指で梳き、抱き寄せて守りたい……そう思わせる美女だ。
色仕掛けに引っかかるほど未熟ではない王太子だが、義弟が彼女を気に入って許そうとする気持ちが少し理解できてしまった。だからといって、そう簡単に絆される気はない。
彼女が刺客でない保証はないのだから……命や地位を狙われる立場では人を疑うのが常だった。
「立つがよい」
「リア」
促すライオットの手を取り、彼女はゆっくり身を起こした。
倒れて1日意識が戻らなかったと報告を受けている。昨夜目覚めたばかりながら、美女に眩暈や疲労によるふらつきは見られなかった。
身を起こしてもルリアージェは視線を伏せている。許可なく王族の顔を直視するのは無礼である、というのがルリーアジェの知る宮廷ルールだった。
「ありがとうございます」
隣で手を貸したライオットへ微笑み、ルリアージェは王太子へ向き直った。
記憶を失ったと聞いているが、リアという呼び名はライオットが付けたのか。女性の一般的な愛称として最も多い呼び名だから、通称として呼んでいるのだろう。
確かに呼びかける際に名がなければ不便だ。
納得した王太子が口を開いた。
「…顔を、っ」
あげろと命じる声が詰まる。
―――ドンッ!
砂埃が視界を遮った。
「襲撃だ!」
「殿下方をお守りしろ」
取り巻いていた騎士が動き出す。しかしこの場で最も迅速に動いたのは、疑われていた美女だった。
悪い意味ではなく、襲撃の気配や魔力の高まりを感じる能力が一番高いのだろう。
≪我が息は域となる『白天の盾』≫
本来の詠唱をすべて行っていては間に合わない。
独自の短縮方法で詠唱を破棄する。だが詠唱を完全に破棄して名称のみで展開するには『白天の盾』は緻密すぎた。
結界魔術の中でも最上級、魔術と物理、精神汚染まで防ぐものだ。そのため、ルリアージェが行った短縮詠唱がぎりぎりの妥協点だった。
略し方により魔術の威力が変わる。
単純に『略す』と言っても、そこには優れた感性や才能が必要なのだ。
妙な野心は持たぬ優秀な義弟が見つけた存在は、優雅に膝をついて声がかりを待つ。スカートを摘む指先や顔を伏せる仕草、スムーズで滞りない礼儀作法は貴族の令嬢と比べても遜色なかった。
貴族の生まれか、もしかしたら王族の連なりかも知れない。
少なくとも付け焼刃で身につく所作ではない。
深く身を屈めて地に膝をつく女性は、とても整った外見をしていた。
きつい王族の言葉に怯むでもなく、卑屈に振舞う様子もない。風に揺れる銀の髪が細い首を覆い、伏せられた眼差しは蒼――海の色を思わせた。
柔らかそうな銀髪を指で梳き、抱き寄せて守りたい……そう思わせる美女だ。
色仕掛けに引っかかるほど未熟ではない王太子だが、義弟が彼女を気に入って許そうとする気持ちが少し理解できてしまった。だからといって、そう簡単に絆される気はない。
彼女が刺客でない保証はないのだから……命や地位を狙われる立場では人を疑うのが常だった。
「立つがよい」
「リア」
促すライオットの手を取り、彼女はゆっくり身を起こした。
倒れて1日意識が戻らなかったと報告を受けている。昨夜目覚めたばかりながら、美女に眩暈や疲労によるふらつきは見られなかった。
身を起こしてもルリアージェは視線を伏せている。許可なく王族の顔を直視するのは無礼である、というのがルリーアジェの知る宮廷ルールだった。
「ありがとうございます」
隣で手を貸したライオットへ微笑み、ルリアージェは王太子へ向き直った。
記憶を失ったと聞いているが、リアという呼び名はライオットが付けたのか。女性の一般的な愛称として最も多い呼び名だから、通称として呼んでいるのだろう。
確かに呼びかける際に名がなければ不便だ。
納得した王太子が口を開いた。
「…顔を、っ」
あげろと命じる声が詰まる。
―――ドンッ!
砂埃が視界を遮った。
「襲撃だ!」
「殿下方をお守りしろ」
取り巻いていた騎士が動き出す。しかしこの場で最も迅速に動いたのは、疑われていた美女だった。
悪い意味ではなく、襲撃の気配や魔力の高まりを感じる能力が一番高いのだろう。
≪我が息は域となる『白天の盾』≫
本来の詠唱をすべて行っていては間に合わない。
独自の短縮方法で詠唱を破棄する。だが詠唱を完全に破棄して名称のみで展開するには『白天の盾』は緻密すぎた。
結界魔術の中でも最上級、魔術と物理、精神汚染まで防ぐものだ。そのため、ルリアージェが行った短縮詠唱がぎりぎりの妥協点だった。
略し方により魔術の威力が変わる。
単純に『略す』と言っても、そこには優れた感性や才能が必要なのだ。
0
お気に入りに追加
280
あなたにおすすめの小説
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
【完結】聖女なんて破廉恥な役目、全力でお断りします!
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
【表紙イラスト】小峰こん様(https://www.pixiv.net/users/7018545)
愛と美を司る女神ネメシアの聖女に選ばれたクナウティアは、全力で抵抗した。聖女なんて絶対に嫌! 家に帰りたいのだ。あまりに暴れるため縛り上げた行為が、誤解の発端だった。
激しい抵抗を見せる彼女は、王太子殿下と共に王宮へ向かう。その途中で【聖女】という役目と肩書を完全に誤解する言葉を聞いてしまう。誤解が誤解を呼び、互いに勘違いが積み重ね……。そんな中で聖女は魔王に誘拐された!
破天荒なクナウティアに(物珍しさから)惹かれる王太子と、(魔族安泰のために)乱入した魔王が彼女を政治的な意味で取り合う?
圧倒的な言葉の足りなさと思い込みが招く『誤解』と『勘違い』をお楽しみください。
※誤解表現多数の勘違い聖女ファンタジーです。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
2020/06/11……エブリスタ「ファンタジー」16位
2020/06/11……マグネット「ブックマークランキング」3位
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる