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外伝
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「お前らしくもない」
一族の意志に踊らされるなど、リスキアらしからぬ行動だ。ましてや彼は正義に反する行為を嫌う傾向が強かった。この行為は彼の中でどう消化されたのか、皮肉るシリルを振り返るリスキアはにやりと口元に物騒な笑みを浮べる。
「ここに預けられた子供……おそらく『ヴェネゲル』の血を受け継ぐ末裔だ」
誰が長老のバカな提案に乗ってやるものか。
そんなリスキアの声にならない嘲りを聞き取り、目を見開いたシリルが満足げに首肯した。
「それは楽しみだ」
今まさに滅ぼされようとしている吸血鬼一族とは違う意味で、ヴェネゲルは狩られてきた。人間と何ら変わらぬ生活を送る彼らは、人を襲わない。反撃はしても、自ら攻撃するほど好戦的な種族ではなかった。そんなヴェネゲルが狩られる理由は――彼らの持つ『不老不死』の血だ。
本当に不老不死なら滅びる心配はないのだが、全身の血を流しきれば吸血鬼さながら砂になって消えてしまう。そんな彼らの血を飲めば不老不死になる……根拠のない伝説に、各国の王侯貴族が飛びついたのが原因だった。
実際、人間がヴェネゲルの血を飲んだとしても効果などないのに。
人間に紛れて暮らす彼らを狩る為に、たくさんの無関係の人が切り裂かれて死んだ。傷が塞がる速さが速いほど純血に近いヴェネゲルは、人間なら致命傷になる傷でも数分で完治する。
自ら人に歩み寄って生きてきたというのに、愚かな欲望の為に切り付けられ、追われ、狩られて、殺される運命を与えられた――哀れな種族。
その末裔である子供が、街の有力者宅にいるのだとしたら……彼の末路も決まっていた。ならば、吸血鬼たる彼らの手によって救い出し、その生命力の濃い甘い血を礼として受け取ればいい。
血を吸う行為に嫌悪感を拭えないシリルへの気遣いを見せるリスキアに嫣然と頷き、彼らは建物に足を向けた。
無駄に広大で豪華な屋敷の中を歩く。誰もシリルの行く手を遮ることなど出来ないのだ。それが人間である限り、吸血鬼の純血種であり、強大な魔力を持て余す人外を止めることは不可能だった。
「……ここ、だな」
甘い血の香りに誘われて導かれたドアの前、シリルは眉を顰めた。魔物除けの札が貼られている。
「くだらない」
幽霊ごときと同レベルに判断されたことに不快感を示し、無造作に右手を掲げた。一瞬で札が粉々に千切れ、炎を上げて燃え出す。見えない力によって為された一連の浄化で、周囲の空気が凛と引き締まった。
ドアを開いた先に見えた光景に、さすがの2人も声を失う。
ドーム形の天井に吊られた優美なシャンデリア、その下は地獄絵図だった。まだ5歳程度の子供が全裸で鎖に吊られ、全身を朱に染めている。滴る血はすでに乾き、白い肌にこびり付いて黒く変色していた。呻きすらしない子供の眼差しは力を失い、光がない濁った瞳が床を見つめるだけ。
「……これほどに……」
幼い子供をここまで痛めつけて、それでも不老不死が欲しいのか? 人として最低限の矜持すら捨て去り、野の獣より浅ましく血を啜り、何を望む権利があるというのか!
一族の意志に踊らされるなど、リスキアらしからぬ行動だ。ましてや彼は正義に反する行為を嫌う傾向が強かった。この行為は彼の中でどう消化されたのか、皮肉るシリルを振り返るリスキアはにやりと口元に物騒な笑みを浮べる。
「ここに預けられた子供……おそらく『ヴェネゲル』の血を受け継ぐ末裔だ」
誰が長老のバカな提案に乗ってやるものか。
そんなリスキアの声にならない嘲りを聞き取り、目を見開いたシリルが満足げに首肯した。
「それは楽しみだ」
今まさに滅ぼされようとしている吸血鬼一族とは違う意味で、ヴェネゲルは狩られてきた。人間と何ら変わらぬ生活を送る彼らは、人を襲わない。反撃はしても、自ら攻撃するほど好戦的な種族ではなかった。そんなヴェネゲルが狩られる理由は――彼らの持つ『不老不死』の血だ。
本当に不老不死なら滅びる心配はないのだが、全身の血を流しきれば吸血鬼さながら砂になって消えてしまう。そんな彼らの血を飲めば不老不死になる……根拠のない伝説に、各国の王侯貴族が飛びついたのが原因だった。
実際、人間がヴェネゲルの血を飲んだとしても効果などないのに。
人間に紛れて暮らす彼らを狩る為に、たくさんの無関係の人が切り裂かれて死んだ。傷が塞がる速さが速いほど純血に近いヴェネゲルは、人間なら致命傷になる傷でも数分で完治する。
自ら人に歩み寄って生きてきたというのに、愚かな欲望の為に切り付けられ、追われ、狩られて、殺される運命を与えられた――哀れな種族。
その末裔である子供が、街の有力者宅にいるのだとしたら……彼の末路も決まっていた。ならば、吸血鬼たる彼らの手によって救い出し、その生命力の濃い甘い血を礼として受け取ればいい。
血を吸う行為に嫌悪感を拭えないシリルへの気遣いを見せるリスキアに嫣然と頷き、彼らは建物に足を向けた。
無駄に広大で豪華な屋敷の中を歩く。誰もシリルの行く手を遮ることなど出来ないのだ。それが人間である限り、吸血鬼の純血種であり、強大な魔力を持て余す人外を止めることは不可能だった。
「……ここ、だな」
甘い血の香りに誘われて導かれたドアの前、シリルは眉を顰めた。魔物除けの札が貼られている。
「くだらない」
幽霊ごときと同レベルに判断されたことに不快感を示し、無造作に右手を掲げた。一瞬で札が粉々に千切れ、炎を上げて燃え出す。見えない力によって為された一連の浄化で、周囲の空気が凛と引き締まった。
ドアを開いた先に見えた光景に、さすがの2人も声を失う。
ドーム形の天井に吊られた優美なシャンデリア、その下は地獄絵図だった。まだ5歳程度の子供が全裸で鎖に吊られ、全身を朱に染めている。滴る血はすでに乾き、白い肌にこびり付いて黒く変色していた。呻きすらしない子供の眼差しは力を失い、光がない濁った瞳が床を見つめるだけ。
「……これほどに……」
幼い子供をここまで痛めつけて、それでも不老不死が欲しいのか? 人として最低限の矜持すら捨て去り、野の獣より浅ましく血を啜り、何を望む権利があるというのか!
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