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第8章 赤い月の洗礼

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「……ッ、シリル」

 慌てて伸ばした手に触れた肌はひどく冷たく、恐怖にライアンの喉が凍りつく。何が起きているのか理解できないまま、慌てて見回した先で同じようにリスキアを抱き締めるアイザックの姿があった。

「……ライ……ァ」

 もしかして……正気に戻るのか?

 僅かな期待と多大なる焦りがライアンの中でせめぎ合う。今の状況を知れば、優しいシリルのこと……心を痛めるだろう。

 自惚れる原因は、彼が『狂宴』の時期にオレを遠ざけようとした事実だった。こうして見境なく血肉を漁る姿を見られたくなくて、そしてオレを傷つけたくなくて吐いたシリルの嘘――。

 まだ正気に戻らなくていい。血なら幾らでも与えよう、傷つけられる痛みも耐えてみせる。だから……祈る気持ちで中天にかかる月を見上げ、ライアンは己の願いが叶わぬことを知った。

 残酷なことに、清浄なる紅い光を取り戻した満月が輝く。夜空の紺色を深めてみせる青白い月の美しさに、ライアンは唇を噛み締めた。

「……ライアン、……どう……て……?」

 掠れた声で呟く恋人を、ぎゅっと強く抱く。座るライアンに向かい合わせでしがみ付くシリルは、がたがた震えていた。赤い血で汚れた金の髪を幼い仕草で掴む。

「……こう、なる……の……ぃやだ……たのに」

 こうなる姿を見せるのも、傷つけるのも嫌だったのだと泣く、心優しい吸血鬼の黒髪に接吻けを落とす。責める言葉を聞きながら、ライアンはただ……泣きじゃくる恋人の冷えた肩を温めた。

「愛してるから、だよ」

 ライアンと出会って涙を流すことを覚えたシリルの頬は、しっとり濡れていた。零れる涙が月光を弾いて、きらりと光る。誘われるように、赤くなった眦に唇を寄せた。

「オレ以外の血を吸わせたくない。シリルのこの身体に、他の奴の血が流れるなんて……僅かだって許せないよ。だから、これはオレの我が侭だ」

 シリルは気にするなと微笑んで、再び流れた涙を指先で拭って清めた。

「それに……」

 ライアンの血に濡れた手の甲に、優しく……恭しい仕草で唇を押し当てる。びくりと肩を揺らしたシリルの紅い瞳が揺れた。

「どんな姿でもシリルはシリルだ。離れたくないし、隠し事されると哀しい」

「……ィア……っ」

 赤く染まった唇を、ゆっくり味わって重ねる。

「大体、シリルらしくないぜ。オレはシリルの物だろう?」

 だったら「血を寄越せ」と命じればいい。

 「俺の為に身を捧げろ」と奪い尽くして構わない。

 「狂宴に付き合え」と傲慢に微笑んで、この身を喰らうなら全てを与えるのに……。

 ライアンの言葉に目を見開いたシリルは、儚い印象の淡い笑みを浮べて……血塗れの恋人の胸に顔を埋めて小さく頷いた。
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