83 / 92
第8章 赤い月の洗礼
83
しおりを挟む
昼間でも海月のように浮かぶ白い幻月が、ゆっくり色を纏う。夕焼けの色を反映してオレンジ色に、夜は毒々しいほどの赤に染まった。
満月の美しい清浄な光を裏切る赤い月は、禍々しさを演出しながら天上に君臨していた。
「……始まる」
忌々しそうに呟いたシリルの鋭敏な感覚に、ざわめく同胞達の気配が届く。頭の内側を爪で引っかくような不快さを纏わりつかせ、狂宴の時間が訪れた。
「シリル」
名を呼ぶリスキアの声が、愉悦の色を滲ませる。抑えようとして抑え切れない、本能的な興奮が全身を満たしていくのを感じながら、シリルは紅い瞳を空へ向けた。
輝く月は赤く濁り、その色を写し取ったように2人の瞳も血色に染まる。
「狩りの時間だ」
呟いたシリルの表情に、もう憂いはなかった。完全に開放された本能と性が鬩ぎ合い、理性を押しやってしまう。
500年に一度の”狂宴”は、吸血鬼の血を持つ者なら抗うことは出来ない。純血種であるシリルや、血の濃いリスキアはさらに強く束縛された。うっそり笑う顔は、人外に相応しい残虐さと冷淡さを秘めている。
ゆったり進んだ先に見える村は、普段のシリルなら近づこうとしない筈の場所だった。
人間の浅ましさや欲深さを嫌う彼の目に映るのは、若い獲物達が息を潜める姿だけ。村外れの大木の下に、白い衣装を着せられた数名の男女が繋がれていた。逃げられないように手足を縛り、その綱の先を大木に結わえられている様は、『生贄』でしかない。
赤い月が浮かんだら魔物へ生贄を捧げる――人間達の間に伝わる伝承は、今も途絶えていなかった。昔話より古い口伝を守った村人は、これで全滅を免れるのだ。本能が開放される赤い月の夜だけ、吸血鬼達は普段と比べ物にならないほど残虐になる。
もし生贄を用意しなければ、村全体がターゲットとなり、全員を殺し尽くすまで止まれない。それ故に、過去の人間が恐怖と共に伝えた言霊は、今も村人の全滅を防ぐ防波堤の役目を果たしていた。
「さて、どれを望む?」
リスキアの尋ねに、シリルは黒髪を揺らして小首を傾げた。白い指を赤い唇に押し当てた姿は、お菓子を前に迷う子供のようだ。少しして、シリルは口元の笑みを深めた。
「……アレを」
指差した先に、脅える少女が蹲っていた。艶の足りない黒髪を揺らす彼女の白い肌に、シリルが唇を湿らせる。ごくりと喉が動いて、乾きを潤す命水を求めて目を細めた。
森から足を踏み出し、2人は月光の下に姿を現す。
満月の美しい清浄な光を裏切る赤い月は、禍々しさを演出しながら天上に君臨していた。
「……始まる」
忌々しそうに呟いたシリルの鋭敏な感覚に、ざわめく同胞達の気配が届く。頭の内側を爪で引っかくような不快さを纏わりつかせ、狂宴の時間が訪れた。
「シリル」
名を呼ぶリスキアの声が、愉悦の色を滲ませる。抑えようとして抑え切れない、本能的な興奮が全身を満たしていくのを感じながら、シリルは紅い瞳を空へ向けた。
輝く月は赤く濁り、その色を写し取ったように2人の瞳も血色に染まる。
「狩りの時間だ」
呟いたシリルの表情に、もう憂いはなかった。完全に開放された本能と性が鬩ぎ合い、理性を押しやってしまう。
500年に一度の”狂宴”は、吸血鬼の血を持つ者なら抗うことは出来ない。純血種であるシリルや、血の濃いリスキアはさらに強く束縛された。うっそり笑う顔は、人外に相応しい残虐さと冷淡さを秘めている。
ゆったり進んだ先に見える村は、普段のシリルなら近づこうとしない筈の場所だった。
人間の浅ましさや欲深さを嫌う彼の目に映るのは、若い獲物達が息を潜める姿だけ。村外れの大木の下に、白い衣装を着せられた数名の男女が繋がれていた。逃げられないように手足を縛り、その綱の先を大木に結わえられている様は、『生贄』でしかない。
赤い月が浮かんだら魔物へ生贄を捧げる――人間達の間に伝わる伝承は、今も途絶えていなかった。昔話より古い口伝を守った村人は、これで全滅を免れるのだ。本能が開放される赤い月の夜だけ、吸血鬼達は普段と比べ物にならないほど残虐になる。
もし生贄を用意しなければ、村全体がターゲットとなり、全員を殺し尽くすまで止まれない。それ故に、過去の人間が恐怖と共に伝えた言霊は、今も村人の全滅を防ぐ防波堤の役目を果たしていた。
「さて、どれを望む?」
リスキアの尋ねに、シリルは黒髪を揺らして小首を傾げた。白い指を赤い唇に押し当てた姿は、お菓子を前に迷う子供のようだ。少しして、シリルは口元の笑みを深めた。
「……アレを」
指差した先に、脅える少女が蹲っていた。艶の足りない黒髪を揺らす彼女の白い肌に、シリルが唇を湿らせる。ごくりと喉が動いて、乾きを潤す命水を求めて目を細めた。
森から足を踏み出し、2人は月光の下に姿を現す。
0
お気に入りに追加
160
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜
水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。
そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー
-------------------------------
松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳
カフェ・ルーシェのオーナー
横家大輝(よこやだいき) 27歳
サッカー選手
吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳
ファッションデザイナー
-------------------------------
2024.12.21~
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
病んでる僕は、
蒼紫
BL
『特に理由もなく、
この世界が嫌になった。
愛されたい
でも、縛られたくない
寂しいのも
めんどくさいのも
全部嫌なんだ。』
特に取り柄もなく、短気で、我儘で、それでいて臆病で繊細。
そんな少年が王道学園に転校してきた5月7日。
彼が転校してきて何もかもが、少しずつ変わっていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最初のみ三人称 その後は基本一人称です。
お知らせをお読みください。
エブリスタでも投稿してましたがこちらをメインで活動しようと思います。
(エブリスタには改訂前のものしか載せてません)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる