【完結】紅く染まる夜の静寂に ~吸血鬼はハンターに溺愛される~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)

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第8章 赤い月の洗礼

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 窓枠に行儀悪く腰掛け、ぼんやりと外を見つめる。咲き誇る花々と、艶やかな緑――舞い踊る蝶が目の前を彩る。いつもと同じ、何も変わらない風景に、溜め息をついた。

「……ライアン」

 後ろから響いた声に振り返り、珍しく昼間なのに出歩く恋人に目を瞠る。黒髪と白い肌、紅い瞳が特徴的で美しい少年は、何か言いかけて唇を噛んだ。

「シリル」

 幼く見える外見を裏切り、彼の年齢は数百歳を数える。もしかしたらそれ以上かも知れないが、ライアンが伝え聞く限りでは分からなかった。

 貴族階級の吸血鬼の中で、もっとも気高く誇り高い純血種であり、人間では到達できない優雅さと美しさを纏う。一時期は長すぎる孤独に感情すら閉ざしていたとは思えないほど、豊かに表現される紅瞳を覗き込んだ。

 飛び降りた窓枠から、柔らかな風が吹いてくる。肌に心地よい春色の風が、シリルの黒髪を優しく弄んだ。

 片膝をついて見上げれば、不安そうな色を浮べた瞳が伏せられ、首に手を絡めて抱き着いてくる。愛しい恋人の仕草に微笑を浮べて、ライアンは優しく抱き締め返した。

「何かあった?」

 尋ねる声に首を横に振り、さらに腕に力を込めるシリル。普段と違うシリルの姿に、ライアンはそっと抱き上げた小柄な体を部屋のソファに下ろした。そのまま隣に座れば、やっと安心したように腕が緩められる。

「少し休もうぜ」

 一緒にここに居るから……。続けた言葉に頷いたシリルに三つ編みの先を握らせ、腕の中に閉じ込めて目を伏せる。

 風が揺らすカーテンから、明るい陽射しが部屋を満たす。吸血鬼の天敵とされる陽射しも、純血種には意味を成さなかった。

 不安そうなシリルの様子に小首を傾げながらも、ライアンは何も聞かない。一緒に暮らし始めて、すでに200年近い年月が経過していた。その中で互いの過去は詮索せず、必定以上に干渉せずに歩んできたのは、あまりに違い過ぎる互いの育ちと環境が影響している。

 荒らしてしまえば、元には戻せないと知って怖れるのは――ライアンよりシリルの方かも知れない。

 ゆっくり訪れる眠りのかいなに身を委ねながら、僅かに感じた予感をライアンは見逃してしまった。
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