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第6章 狙われた同胞を救え
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ぐったりとソファに沈めば、隣から冷たいシリルの手が額に当てられた。気持ちよさに目を閉じ、深呼吸して体から力を抜く。体調を気遣うシリルの優しさが伝わって、眠ってしまいそうな心地よさだった。
「……助かった」
礼を言うことに慣れないリスキアの声に、うっすらと目を開く。彼らには城の客間を宛がったが、まだアイザックはベッドから起き上がれないらしい。予想がつく状態に、ライアンは目を細めた。
城に戻る前、サーフェスの死体が転がる地下で、同族となる者達へ血を与えた。以前にアイザックへ血を与えたのと同じ方法で、自らの肌を切り裂き、彼らの傷へ染み込ませる。無駄が多い方法なのだろうが、直接与えた血の効果は大きく、混血故に治癒が遅い彼らを助けるには十分だった。
「いや、気にするなって」
にっこり笑うライアンに、後悔はない。
こうして怠いのも、貧血でぐらぐら視界が揺らぐ不快さも、アイザックやリスキアを失う痛みを考えれば何でもなかった。
持ち上げた右手を見つめる。
昔、この手には何もなかった。手を伸ばしても掴める確かな存在はなくて、自分だけが異質だと思い込んで苦しんだ。人肌の温もりさえ嫌悪を感じて、死ねないことを呪いだと感じる。自己嫌悪と死への憧憬だけが体を満たして、空虚な人形のようだった。
それを助けてくれたシリル。そして仲間という大切な存在になったアイザックとリスキア。彼らを守るために、死ねない体は呪わしさを越えて、必要な物となった。
そんな自分の変化が嬉しい。
「ライアン……」
シリルの手が差し出す藤色のピアスを受け取り、ふと……耳に指を這わせた。案の定ピアスの穴は塞がっている。普段ならピアスをしているので塞がることはないが、フレディと空間を繋ぐ魔具として受け取った赤いピアスを引き千切った後、傷は完全に塞がってしまったらしい。
溜め息をついたライアンに、シリルが耳に唇を寄せた。
「俺がつけてやる」
頼むと動いた唇に頷いたシリルが、軽く触れるだけのキスを落とす。深めようと伸ばした手は叩き落され、苦笑しながらシリルの指に身を任せた。
「まだ持っていたのか」
少し驚いたようなリスキアの言葉に、ライアンは横を向いたまま頷いた。
「当然だろ、リスキアがくれた玉だぜ?」
「気に入って外さないくらいだ」
くすくす笑うシリルの唇が耳に触れて、すぐにちくりと痛みが走った。吸血には使わない牙を突きたて、傷が塞がる前に丸い玉がついたピアスを着ける。白と紫が渦を描く珍しい玉が、血に塗れて赤く光った。
「アイザックが回復したら、一緒にお茶でもしよう。それまで傍にいてやれよ」
ライアンの言葉に、リスキアはいつもの強気な笑みを浮かべて踵を返す。
逆の耳に同じようにピアスを着けてもらい、ライアンは目の前の紅い宝玉を宿す吸血鬼を引き寄せた。
血で赤く濡れた唇を塞いで、先ほど逃げられたキスの分まで貪る。
「は……ぁ……んっ」
甘い吐息を漏らす恋人を優しい笑みで包みながら、ライアンは幸せそうに囁いた。
「ずっと、シリルの物でいる」
「知っている」
傲慢で我が侭で、とてもキレイな生き物の吐いた言葉が擽ったくて、抱き締めた腕に力を込める。ソファに横たわるライアンに乗り上げたシリルが、三つ編みを解きながら手櫛で梳き始めた。
「愛してるぜ、シリル」
「ああ、それも知っている」
そんな返答が、ひどく似合っている―――ぼんやり思いながら、眠りの海へ漕ぎ出した。
「……助かった」
礼を言うことに慣れないリスキアの声に、うっすらと目を開く。彼らには城の客間を宛がったが、まだアイザックはベッドから起き上がれないらしい。予想がつく状態に、ライアンは目を細めた。
城に戻る前、サーフェスの死体が転がる地下で、同族となる者達へ血を与えた。以前にアイザックへ血を与えたのと同じ方法で、自らの肌を切り裂き、彼らの傷へ染み込ませる。無駄が多い方法なのだろうが、直接与えた血の効果は大きく、混血故に治癒が遅い彼らを助けるには十分だった。
「いや、気にするなって」
にっこり笑うライアンに、後悔はない。
こうして怠いのも、貧血でぐらぐら視界が揺らぐ不快さも、アイザックやリスキアを失う痛みを考えれば何でもなかった。
持ち上げた右手を見つめる。
昔、この手には何もなかった。手を伸ばしても掴める確かな存在はなくて、自分だけが異質だと思い込んで苦しんだ。人肌の温もりさえ嫌悪を感じて、死ねないことを呪いだと感じる。自己嫌悪と死への憧憬だけが体を満たして、空虚な人形のようだった。
それを助けてくれたシリル。そして仲間という大切な存在になったアイザックとリスキア。彼らを守るために、死ねない体は呪わしさを越えて、必要な物となった。
そんな自分の変化が嬉しい。
「ライアン……」
シリルの手が差し出す藤色のピアスを受け取り、ふと……耳に指を這わせた。案の定ピアスの穴は塞がっている。普段ならピアスをしているので塞がることはないが、フレディと空間を繋ぐ魔具として受け取った赤いピアスを引き千切った後、傷は完全に塞がってしまったらしい。
溜め息をついたライアンに、シリルが耳に唇を寄せた。
「俺がつけてやる」
頼むと動いた唇に頷いたシリルが、軽く触れるだけのキスを落とす。深めようと伸ばした手は叩き落され、苦笑しながらシリルの指に身を任せた。
「まだ持っていたのか」
少し驚いたようなリスキアの言葉に、ライアンは横を向いたまま頷いた。
「当然だろ、リスキアがくれた玉だぜ?」
「気に入って外さないくらいだ」
くすくす笑うシリルの唇が耳に触れて、すぐにちくりと痛みが走った。吸血には使わない牙を突きたて、傷が塞がる前に丸い玉がついたピアスを着ける。白と紫が渦を描く珍しい玉が、血に塗れて赤く光った。
「アイザックが回復したら、一緒にお茶でもしよう。それまで傍にいてやれよ」
ライアンの言葉に、リスキアはいつもの強気な笑みを浮かべて踵を返す。
逆の耳に同じようにピアスを着けてもらい、ライアンは目の前の紅い宝玉を宿す吸血鬼を引き寄せた。
血で赤く濡れた唇を塞いで、先ほど逃げられたキスの分まで貪る。
「は……ぁ……んっ」
甘い吐息を漏らす恋人を優しい笑みで包みながら、ライアンは幸せそうに囁いた。
「ずっと、シリルの物でいる」
「知っている」
傲慢で我が侭で、とてもキレイな生き物の吐いた言葉が擽ったくて、抱き締めた腕に力を込める。ソファに横たわるライアンに乗り上げたシリルが、三つ編みを解きながら手櫛で梳き始めた。
「愛してるぜ、シリル」
「ああ、それも知っている」
そんな返答が、ひどく似合っている―――ぼんやり思いながら、眠りの海へ漕ぎ出した。
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