15 / 92
第2章 呼ばれざる客の訪問
15
しおりを挟む
※流血表現があります。
***************************************
「……記憶を消すのか? ライアン」
貴族らしい優雅だが物憂げな仕草で首を傾げるシリルは、いつの間にやらライアンの斜め後ろに立っていた。記憶を消す作業は、吸血鬼のみに与えられた能力だ。こればかりは、不死の民であるライアンであっても踏み入れない領分だった。
「ああ、頼めるか」
「構わない。ついでにお前に関する記憶も消しておこう」
追いかけられるのは、不愉快だ。
血を塗ったように紅い唇が、すっと横に引かれる。空に浮かぶ三日月と同じ形の口元は、その紅く輝く瞳と共に残酷で、背筋をぞくりと悪寒が走り抜けた。
目の前の2人のハンターを見つめるライアンの後ろで、彼に見えないと知っていて微笑むシリルは、まさしく人間の天敵だった。妖艶に微笑む表情も口元も、冷たい瞳さえ、彼が美しいほど恐怖を誘う。
アレックスの目に映るのは、絶望的な光景のみ。2年以上組んだパートナーは足元で沈黙し、尊敬するハンターの裏切りと、嫣然と微笑む吸血鬼が自分へ手を伸ばす。
「い、嫌だ! 触るな!!」
必死でナイフを振り回し、目の前に赤い血が飛ぶ。
「……っ」
毛筋ほどの傷ではあったが、伸ばした手の皮膚を切り裂いたナイフに、ライアンは青紫の目を眇めた。気にした様子なく傷を見つめるシリルの白い肌と、真っ赤な血のコントラストは目に美しい。
退廃的なムードを持つ少年は、ちろりと覗く赤い舌で傷に触れた。すぐにまた滲む血に笑みを浮かべた恋人の手を掴み、冷めた眼差しのライアンが傷口を確かめる。
右手の甲に走る一文字の傷は、中指の付け根辺りから手首まで届く長さだが、深く切り裂いたわけではなさそうだった。この程度ならすぐに血も止まるだろう。
「悪ぃ、シリル。油断した」
気にするなと語る紅い眼差しに吸い寄せられ、伏せた瞼に接吻ける。
左手のナイフを握り締めて振り返ったライアンの顔は、感情を一切感じさせなかった。それどころか冷えた眼差しは氷に似て、相手を切り裂くだけだ。普段のライアンを知っていれば、なおさらギャップに驚くだろう。
無造作に左手を薙いだ。
「ぎゃぁあああぁっ!」
ハンター時代に吸血鬼を殺す時と同じ、感情は何も動かなくなる。命乞いしても、決して止まりはしない。相手の命を奪い尽くして、やっと止まる――だからこそ、死神と呼ばれたのだから。
殺したくなかった筈のアレックスの悲鳴も、聞こえていないようだった。ライアンはさらに歩を進め、深く浅く彼の体を切り刻む。一度に命を奪うことも容易なくせに、わざと苦しめる方法を取って……失血死するまで、彼に安息は訪れないだろう。吸血鬼の殺害方法とまったく同じ手法。
虫の息で転がるアレックスの隣で、意識を回復しない短髪のハンターを足で転がし、まだ生きている男を感慨なく見下ろす。
無造作に首を切り裂いた。叫ぶ間もなくパクパク空気を求めて動く唇と、何かを掴もうと宙を掻く指が力を失い、重力に従って地に落ちる。
その様を嬉しそうに見つめるシリルは、愕然と立ち尽くすライアンに触れた。びくんと震えた様子から、我に返ったのだと知る。
シリルの傷を認識した瞬間、すべてが価値を失った。
彼を傷つけるなら人間など滅びるがいい、と。
吸血鬼は血を流し切ると滅びる――あの程度の傷でシリルが死ぬ筈ないのに、流れた血を見た途端に頭の芯が冷たく冷えた。
***************************************
「……記憶を消すのか? ライアン」
貴族らしい優雅だが物憂げな仕草で首を傾げるシリルは、いつの間にやらライアンの斜め後ろに立っていた。記憶を消す作業は、吸血鬼のみに与えられた能力だ。こればかりは、不死の民であるライアンであっても踏み入れない領分だった。
「ああ、頼めるか」
「構わない。ついでにお前に関する記憶も消しておこう」
追いかけられるのは、不愉快だ。
血を塗ったように紅い唇が、すっと横に引かれる。空に浮かぶ三日月と同じ形の口元は、その紅く輝く瞳と共に残酷で、背筋をぞくりと悪寒が走り抜けた。
目の前の2人のハンターを見つめるライアンの後ろで、彼に見えないと知っていて微笑むシリルは、まさしく人間の天敵だった。妖艶に微笑む表情も口元も、冷たい瞳さえ、彼が美しいほど恐怖を誘う。
アレックスの目に映るのは、絶望的な光景のみ。2年以上組んだパートナーは足元で沈黙し、尊敬するハンターの裏切りと、嫣然と微笑む吸血鬼が自分へ手を伸ばす。
「い、嫌だ! 触るな!!」
必死でナイフを振り回し、目の前に赤い血が飛ぶ。
「……っ」
毛筋ほどの傷ではあったが、伸ばした手の皮膚を切り裂いたナイフに、ライアンは青紫の目を眇めた。気にした様子なく傷を見つめるシリルの白い肌と、真っ赤な血のコントラストは目に美しい。
退廃的なムードを持つ少年は、ちろりと覗く赤い舌で傷に触れた。すぐにまた滲む血に笑みを浮かべた恋人の手を掴み、冷めた眼差しのライアンが傷口を確かめる。
右手の甲に走る一文字の傷は、中指の付け根辺りから手首まで届く長さだが、深く切り裂いたわけではなさそうだった。この程度ならすぐに血も止まるだろう。
「悪ぃ、シリル。油断した」
気にするなと語る紅い眼差しに吸い寄せられ、伏せた瞼に接吻ける。
左手のナイフを握り締めて振り返ったライアンの顔は、感情を一切感じさせなかった。それどころか冷えた眼差しは氷に似て、相手を切り裂くだけだ。普段のライアンを知っていれば、なおさらギャップに驚くだろう。
無造作に左手を薙いだ。
「ぎゃぁあああぁっ!」
ハンター時代に吸血鬼を殺す時と同じ、感情は何も動かなくなる。命乞いしても、決して止まりはしない。相手の命を奪い尽くして、やっと止まる――だからこそ、死神と呼ばれたのだから。
殺したくなかった筈のアレックスの悲鳴も、聞こえていないようだった。ライアンはさらに歩を進め、深く浅く彼の体を切り刻む。一度に命を奪うことも容易なくせに、わざと苦しめる方法を取って……失血死するまで、彼に安息は訪れないだろう。吸血鬼の殺害方法とまったく同じ手法。
虫の息で転がるアレックスの隣で、意識を回復しない短髪のハンターを足で転がし、まだ生きている男を感慨なく見下ろす。
無造作に首を切り裂いた。叫ぶ間もなくパクパク空気を求めて動く唇と、何かを掴もうと宙を掻く指が力を失い、重力に従って地に落ちる。
その様を嬉しそうに見つめるシリルは、愕然と立ち尽くすライアンに触れた。びくんと震えた様子から、我に返ったのだと知る。
シリルの傷を認識した瞬間、すべてが価値を失った。
彼を傷つけるなら人間など滅びるがいい、と。
吸血鬼は血を流し切ると滅びる――あの程度の傷でシリルが死ぬ筈ないのに、流れた血を見た途端に頭の芯が冷たく冷えた。
0
お気に入りに追加
160
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる