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第2章 呼ばれざる客の訪問
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※流血表現があります。
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「……記憶を消すのか? ライアン」
貴族らしい優雅だが物憂げな仕草で首を傾げるシリルは、いつの間にやらライアンの斜め後ろに立っていた。記憶を消す作業は、吸血鬼のみに与えられた能力だ。こればかりは、不死の民であるライアンであっても踏み入れない領分だった。
「ああ、頼めるか」
「構わない。ついでにお前に関する記憶も消しておこう」
追いかけられるのは、不愉快だ。
血を塗ったように紅い唇が、すっと横に引かれる。空に浮かぶ三日月と同じ形の口元は、その紅く輝く瞳と共に残酷で、背筋をぞくりと悪寒が走り抜けた。
目の前の2人のハンターを見つめるライアンの後ろで、彼に見えないと知っていて微笑むシリルは、まさしく人間の天敵だった。妖艶に微笑む表情も口元も、冷たい瞳さえ、彼が美しいほど恐怖を誘う。
アレックスの目に映るのは、絶望的な光景のみ。2年以上組んだパートナーは足元で沈黙し、尊敬するハンターの裏切りと、嫣然と微笑む吸血鬼が自分へ手を伸ばす。
「い、嫌だ! 触るな!!」
必死でナイフを振り回し、目の前に赤い血が飛ぶ。
「……っ」
毛筋ほどの傷ではあったが、伸ばした手の皮膚を切り裂いたナイフに、ライアンは青紫の目を眇めた。気にした様子なく傷を見つめるシリルの白い肌と、真っ赤な血のコントラストは目に美しい。
退廃的なムードを持つ少年は、ちろりと覗く赤い舌で傷に触れた。すぐにまた滲む血に笑みを浮かべた恋人の手を掴み、冷めた眼差しのライアンが傷口を確かめる。
右手の甲に走る一文字の傷は、中指の付け根辺りから手首まで届く長さだが、深く切り裂いたわけではなさそうだった。この程度ならすぐに血も止まるだろう。
「悪ぃ、シリル。油断した」
気にするなと語る紅い眼差しに吸い寄せられ、伏せた瞼に接吻ける。
左手のナイフを握り締めて振り返ったライアンの顔は、感情を一切感じさせなかった。それどころか冷えた眼差しは氷に似て、相手を切り裂くだけだ。普段のライアンを知っていれば、なおさらギャップに驚くだろう。
無造作に左手を薙いだ。
「ぎゃぁあああぁっ!」
ハンター時代に吸血鬼を殺す時と同じ、感情は何も動かなくなる。命乞いしても、決して止まりはしない。相手の命を奪い尽くして、やっと止まる――だからこそ、死神と呼ばれたのだから。
殺したくなかった筈のアレックスの悲鳴も、聞こえていないようだった。ライアンはさらに歩を進め、深く浅く彼の体を切り刻む。一度に命を奪うことも容易なくせに、わざと苦しめる方法を取って……失血死するまで、彼に安息は訪れないだろう。吸血鬼の殺害方法とまったく同じ手法。
虫の息で転がるアレックスの隣で、意識を回復しない短髪のハンターを足で転がし、まだ生きている男を感慨なく見下ろす。
無造作に首を切り裂いた。叫ぶ間もなくパクパク空気を求めて動く唇と、何かを掴もうと宙を掻く指が力を失い、重力に従って地に落ちる。
その様を嬉しそうに見つめるシリルは、愕然と立ち尽くすライアンに触れた。びくんと震えた様子から、我に返ったのだと知る。
シリルの傷を認識した瞬間、すべてが価値を失った。
彼を傷つけるなら人間など滅びるがいい、と。
吸血鬼は血を流し切ると滅びる――あの程度の傷でシリルが死ぬ筈ないのに、流れた血を見た途端に頭の芯が冷たく冷えた。
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「……記憶を消すのか? ライアン」
貴族らしい優雅だが物憂げな仕草で首を傾げるシリルは、いつの間にやらライアンの斜め後ろに立っていた。記憶を消す作業は、吸血鬼のみに与えられた能力だ。こればかりは、不死の民であるライアンであっても踏み入れない領分だった。
「ああ、頼めるか」
「構わない。ついでにお前に関する記憶も消しておこう」
追いかけられるのは、不愉快だ。
血を塗ったように紅い唇が、すっと横に引かれる。空に浮かぶ三日月と同じ形の口元は、その紅く輝く瞳と共に残酷で、背筋をぞくりと悪寒が走り抜けた。
目の前の2人のハンターを見つめるライアンの後ろで、彼に見えないと知っていて微笑むシリルは、まさしく人間の天敵だった。妖艶に微笑む表情も口元も、冷たい瞳さえ、彼が美しいほど恐怖を誘う。
アレックスの目に映るのは、絶望的な光景のみ。2年以上組んだパートナーは足元で沈黙し、尊敬するハンターの裏切りと、嫣然と微笑む吸血鬼が自分へ手を伸ばす。
「い、嫌だ! 触るな!!」
必死でナイフを振り回し、目の前に赤い血が飛ぶ。
「……っ」
毛筋ほどの傷ではあったが、伸ばした手の皮膚を切り裂いたナイフに、ライアンは青紫の目を眇めた。気にした様子なく傷を見つめるシリルの白い肌と、真っ赤な血のコントラストは目に美しい。
退廃的なムードを持つ少年は、ちろりと覗く赤い舌で傷に触れた。すぐにまた滲む血に笑みを浮かべた恋人の手を掴み、冷めた眼差しのライアンが傷口を確かめる。
右手の甲に走る一文字の傷は、中指の付け根辺りから手首まで届く長さだが、深く切り裂いたわけではなさそうだった。この程度ならすぐに血も止まるだろう。
「悪ぃ、シリル。油断した」
気にするなと語る紅い眼差しに吸い寄せられ、伏せた瞼に接吻ける。
左手のナイフを握り締めて振り返ったライアンの顔は、感情を一切感じさせなかった。それどころか冷えた眼差しは氷に似て、相手を切り裂くだけだ。普段のライアンを知っていれば、なおさらギャップに驚くだろう。
無造作に左手を薙いだ。
「ぎゃぁあああぁっ!」
ハンター時代に吸血鬼を殺す時と同じ、感情は何も動かなくなる。命乞いしても、決して止まりはしない。相手の命を奪い尽くして、やっと止まる――だからこそ、死神と呼ばれたのだから。
殺したくなかった筈のアレックスの悲鳴も、聞こえていないようだった。ライアンはさらに歩を進め、深く浅く彼の体を切り刻む。一度に命を奪うことも容易なくせに、わざと苦しめる方法を取って……失血死するまで、彼に安息は訪れないだろう。吸血鬼の殺害方法とまったく同じ手法。
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シリルの傷を認識した瞬間、すべてが価値を失った。
彼を傷つけるなら人間など滅びるがいい、と。
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