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第1章 追っても逃げない獲物

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 やはり、ここに吸血鬼はいる! 

 ライアンの人懐っこい笑みが消え、表情が硬くなる。とたんに印象が変わって、ハンターとしての冷たい一面が顔を出した。

「奴はどこだ?」

「奴?」 

「純血種の吸血鬼がいるんだろっ?!」

 口元を綻ばせたシリルは、小首を傾げた。自分より10cmほど目線の高いライアンの髪の先を引き寄せ、きゅっと握る。幼い仕草に、年下相手にムキになった己を反省したライアンは、そっとシリルの前髪を撫でた指を冷たい頬に触れさせた。

「ライアン……お前、幾つになる? 見た目の年齢ではない筈だ」

 20歳前後の外見を見ながら、シリルは地雷を踏んだ。ライアンの中で隠してきた、いや認めたくなかった部分のひとつだろう。

 無言で唇を噛んだライアンの指が頬から離れる。ちらりと視線が机の上をさ迷い、先ほど置いたナイフの上で止まった。

「お前の探している純血種が俺だと言ったら……」

「そんな筈がない。奴らは陽光を嫌う!」

「確かに混血は無理だろうが、純血種に弱点などない」

 今まで信じてきた世界が瓦解する。吸血鬼は夜しか行動できない――その概念すら、純血種には通じないと。

 愕然としたライアンの首筋を、シリルの冷たい指が滑る。ぞくりとした感覚に本能的な恐怖を覚え、ライアンは無意識にシリルの手を振り払った。乱暴な仕草にもかかわらず、シリルは気にした様子なく指先をぺろりと舐める。

 扇情的な仕草だった。




「……なるほど」

 何かに納得した様子のシリルに、眉をひそめる。もう一度指を舐めると、ライアンの不審げな表情を正面から受け止めた青年は、そっと手を差し伸べた。

「実年齢で105~6歳前後か。若いな」

「……ど…して」

 20歳で成長が止まったことを知っている人間はいない。髪や爪は伸びるのに、肉体的な衰えはストップしたままだ。死のうとして血を流しても、途中で止まって生き残ってしまう。何度も繰り返した発作的な自殺も、すべて徒労に終わった。

 誰も知らない筈なのだ。

 なのに……。

「血液はすべての情報を有している」

 お前も知っている筈だと、すべてを見透かした態度のシリルが微笑む。

 目を見開いた。意味ありげに指先を舐めた仕草を思い出し、自分の首筋に手を当てる。

 ――傷はない。しかし……

「ライアン・マクスウエル。夜の世界でも有名だぞ」

 名乗っていないフルネームを口にして酷薄に笑む青年は、誘うように差し出した手を持ち上げる。目の高さまで挙げた右手で、軽く手招いた。

 ぐらっと視界が歪んだ気がして、強く自分の拳を握り締める。爪が食い込んで血が流れていることにも気づかないほど、全身が震えていた。

 恐怖だと認めたくないライアンは、必死で後ずさる。

「オレは……」

 自分の正体が知りたかった。

 何故年を取らなくなったのか、どうして死ねないのか。そして他人より優れた能力の理由を……知る手がかりを、吸血鬼に求めたのだ。時には数千年を生きる彼らなら、何か知っているだろうと。

 シリルと名乗る青年が本当に純血種だとしたら、彼は知っているのかも知れない。なのに初めて、知ることに対して恐怖を覚えた。
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