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115.隠すほど疑惑は深まる

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「おかしいと思いませんか? 姉さん」

 弟ルチルにそう持ちかけられ、穏やかな笑みを浮かべたアンバーは首を横に振った。以前世話になった伯爵家の当主が頭を下げたり、この場所に来るなりすべてが順調に動いている。

 あれほど苦しんだ借金は消え、豪華な屋敷を与えられた。衣食住どころか、侍女までつく待遇の良さ。屋敷からの外出は出来ず、騎士が護衛する日々。あまりの変化に、ルチルは恐怖を抱いていた。

「この環境は異常です。先日のお見合いだってそうでしょう? 明らかに貴族なのに、僕らと結婚を決めるなんて……何かあるに違いない」

 裏があるはずだ。僕らを利用するとしたら、最初に会いに来たあの黒髪の子ども? それとも同行した銀髪でツノのある男の方か。ベリアルと名乗った男性は、黒髪の子に敬語を使って従う様子を見せていた。おそらくあの子どもが関係してる。

「やめて! あの子やベリアル様は私達を害する気はないわ。穏やかに暮らしていきたいの。掻き回さないで」

 姉アンバーの言い分も分かる。だが……ルチルの不安は、今後も同じ扱いが続くのかどうか。結婚させるなら、何か目的があるはず。飼い殺すだけで満足するなら、こうして生活を保障すればいいはず。

 不安を相談したい。揺れるルチルが相談相手として思い浮かべたのは、ラスカートン伯爵だった。黒髪のシェンやベリアルはもちろん、婚約した形の人達も耳に優しいことしか言わないだろう。

 間違っていないが、彼は保身のために危険な道を選び始めていた。止める姉が不安そうに弟の相談をする相手も……互いを思って行動する。翌日、ラスカートン伯爵の元へルチルから手紙が届き、ほぼ同時にベリアルもアンバーから不安を打ち明けられた。

「そうですか。ご相談ありがとうございます。ご安心ください、弟君と話してみますから」

 焦りを内心に押し込めたベリアルの笑顔に、アンバーはほっと息をついた。すでに弟が動いたことを知らず、彼女はこれですべてが好転すると胸を撫で下ろす。

「お母さん、叔父さんはどうしたの?」

 険しい表情のルチルを心配するアゲートの髪を撫でながら、アンバーは己に言い聞かせた。

「大丈夫よ、すべてベリアル様がなんとかしてくださるわ。もう苦労しなくていい、アゲートの花嫁姿も見られるんだもの」

 結婚式を早めたいというベリアルの要請も、全て受け入れる。寒くて暑い、飢えた生活に戻りたくなかった。そのくらいなら、何も考えずにここで暮らしたい。それが家畜のような飼われる人生であったとしても、飢えで我が子を失う心配をしながら寒さに震える日々はご免だった。

 ルチルは、今の生活を当たり前のように感じてしまった。食べ物がなくて雑草を煮た汁を啜ったあの頃に戻る、その可能性を忘れている。もし見放されたら……愚かなあの弟を切り捨ててでも。娘の幸せを祈ってしまう。亡くなった夫を思い浮かべ、アンバーは悲しそうに笑った。
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