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98.子ども扱いも悪くないね
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リンカとナイジェルは顔を見合わせたものの、余計な口を開かなった。それが答えなのだろう。彼と彼女は王族で、エリュより年上だ。嫌なものも素晴らしいものも見てきた。
傷ついた人に無理に話しかける必要はない。傷が癒えるまで待つことを、自然と身につけていた。居心地がいい。シェンはそう呟いて、明るく振る舞った。一緒に屋台を冷やかし、いくつかの店で買い物をする。新しい催しが始まると聞いて走り、小柄な体を活かして最前列で堪能した。
「今日はいっぱい回れたね」
嬉しそうに笑うエリュの両手は、お土産のお菓子に占領されている。ナイジェルはよく分からない魔道具を大量に買い込み、それに呆れながらリンカがいくつか引き受けた。他国の薬草を売る店で購入した鉢を大切そうに抱えたシェンは、彼らの気遣いにお礼を言った。聞こえない声で。
「何か言ったか?」
振り返ったナイジェルに首を横に振る。気づいたらしいリンカが小突いて、笑いながら帰路に就いた。建国祭が終われば、魔国は一気に暑くなる。季節が変わって種蒔きを終えた畑が芽吹き、森は緑を増すだろう。毎年変わらぬ営みに、足りない子がいる。その痛みを抱き締め、シェンは笑顔を浮かべた。
二度と同じ後悔はしない。次に眠るときは、この国に結界を張ろう。そう決めて、鉢の中に芽を出した薬草を揺らして歩いた。
宮殿のリビングに飛び込み、皆でお菓子を分け合う。本屋で手に入れた神話を読んで、各国に伝わる話との差を語り合った。夜が更けて、皆が夢に誘われて芽を閉じた後……こっそりとシェンは抜け出す。
「シェン様」
「うん。あの子をどうしても母親に返してあげたくてね」
上質な黒絹に包まれた子どもは、男女の別さえわからない。幼過ぎて特徴が少なく、頭部にツノのある一族としか判断できなかった。ベリアルは隈の残る目元のメガネを外しながら、小さく息を吐く。手にしていた紙束を差し出した。
「まだ完璧ではありません。その子の年齢から推定した、ここ数年の行方不明者のリストです」
「ありがとう」
受け取ろうとしたシェンに、ベリアルは書類を離さなかった。不思議そうな顔で見上げるシェンの黒髪に、ベリアルの手が置かれる。エリュの銀髪を撫でることがあっても、滅多にシェンに触れなかった彼の行為に、驚いて動きを止めたシェンは首を傾げた。優しく撫でるように動く。
「協力はいたします。あなた様なら私の協力などなくても動けるでしょう。それでも、約束してください。抱え込むことはしない、と。私でなくても構いませんから、誰かと痛みを分かち合うと……そう約束してくださいませんか」
赤いガラスのような瞳が瞬き、感情を宿す。シェンのささやかな変化に、ベリアルは安堵の息を吐いた。張り詰めた状態では切れてしまう。神であっても人であっても。いつか壊れるだろう。だが、すでに口にして痛みを軽くしていたらしい。
「分かった。安心して……それとさ、その頭の上の手なんだけど」
「無礼でしたか?」
「たまになら撫でてもいいよ。幼女姿の間だけね」
ぼそっと付け足し、シェンはリストをもぎ取るようにして足早に立ち去った。後ろ姿を見送り、幼女の頭の高さで止まった手を引き寄せ……ベリアルは赤面した。
「……いいとこばっかり持っていくんだから!」
壁にある装飾柱の陰で息を殺していたリリンが、ぶすっとした声で吐き捨てる。先を越された上、なんだか恥ずかしい場面を見た気がして、急ぎその場を離れるため踵を返した。
傷ついた人に無理に話しかける必要はない。傷が癒えるまで待つことを、自然と身につけていた。居心地がいい。シェンはそう呟いて、明るく振る舞った。一緒に屋台を冷やかし、いくつかの店で買い物をする。新しい催しが始まると聞いて走り、小柄な体を活かして最前列で堪能した。
「今日はいっぱい回れたね」
嬉しそうに笑うエリュの両手は、お土産のお菓子に占領されている。ナイジェルはよく分からない魔道具を大量に買い込み、それに呆れながらリンカがいくつか引き受けた。他国の薬草を売る店で購入した鉢を大切そうに抱えたシェンは、彼らの気遣いにお礼を言った。聞こえない声で。
「何か言ったか?」
振り返ったナイジェルに首を横に振る。気づいたらしいリンカが小突いて、笑いながら帰路に就いた。建国祭が終われば、魔国は一気に暑くなる。季節が変わって種蒔きを終えた畑が芽吹き、森は緑を増すだろう。毎年変わらぬ営みに、足りない子がいる。その痛みを抱き締め、シェンは笑顔を浮かべた。
二度と同じ後悔はしない。次に眠るときは、この国に結界を張ろう。そう決めて、鉢の中に芽を出した薬草を揺らして歩いた。
宮殿のリビングに飛び込み、皆でお菓子を分け合う。本屋で手に入れた神話を読んで、各国に伝わる話との差を語り合った。夜が更けて、皆が夢に誘われて芽を閉じた後……こっそりとシェンは抜け出す。
「シェン様」
「うん。あの子をどうしても母親に返してあげたくてね」
上質な黒絹に包まれた子どもは、男女の別さえわからない。幼過ぎて特徴が少なく、頭部にツノのある一族としか判断できなかった。ベリアルは隈の残る目元のメガネを外しながら、小さく息を吐く。手にしていた紙束を差し出した。
「まだ完璧ではありません。その子の年齢から推定した、ここ数年の行方不明者のリストです」
「ありがとう」
受け取ろうとしたシェンに、ベリアルは書類を離さなかった。不思議そうな顔で見上げるシェンの黒髪に、ベリアルの手が置かれる。エリュの銀髪を撫でることがあっても、滅多にシェンに触れなかった彼の行為に、驚いて動きを止めたシェンは首を傾げた。優しく撫でるように動く。
「協力はいたします。あなた様なら私の協力などなくても動けるでしょう。それでも、約束してください。抱え込むことはしない、と。私でなくても構いませんから、誰かと痛みを分かち合うと……そう約束してくださいませんか」
赤いガラスのような瞳が瞬き、感情を宿す。シェンのささやかな変化に、ベリアルは安堵の息を吐いた。張り詰めた状態では切れてしまう。神であっても人であっても。いつか壊れるだろう。だが、すでに口にして痛みを軽くしていたらしい。
「分かった。安心して……それとさ、その頭の上の手なんだけど」
「無礼でしたか?」
「たまになら撫でてもいいよ。幼女姿の間だけね」
ぼそっと付け足し、シェンはリストをもぎ取るようにして足早に立ち去った。後ろ姿を見送り、幼女の頭の高さで止まった手を引き寄せ……ベリアルは赤面した。
「……いいとこばっかり持っていくんだから!」
壁にある装飾柱の陰で息を殺していたリリンが、ぶすっとした声で吐き捨てる。先を越された上、なんだか恥ずかしい場面を見た気がして、急ぎその場を離れるため踵を返した。
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