79 / 128
79.初代皇帝の重大な秘密
しおりを挟む
結界に気づいたのは、リリンだけ。彼女は何もなかったフリで指摘しなかった。
結界が消えたことで、リンカの上げた大きな声が店内に響き渡る。他の客がいない今、それを聞いたのは店主であった。
湯気の上がる温かい料理を手に現れ、にっこりとリンカに笑いかける。グラタンに似たソースとパスタを焼いた料理に、挽肉を使った炒め物。香辛料が鮮やかな赤い鍋は、ぐらぐらと煮えていた。魚介類のいい香りがする。
最後に大量のパンを積み重ねた。白い小麦のパン、黒い大麦パンと雑多に並ぶ。よく見れば揚げパンも混じっていた。種類豊富なパンは、中に干した果物やナッツが入っている物まである。
「全部私の奢りよ、食べていって。こんなに嬉しいお客さんは久しぶりだわ」
閉店の札をかけた店主は、リンカとリリンの間に座った。一緒に食事をしながら、雑談に興じる。どの店のリボンが安くて可愛いか。ドレスを頼むなら優秀なオカマがいる、など。裏情報が披露された。
「私はあちこちで排除されるから、こうやって裏で店を開いたのさ。不便だけど、いいお客に恵まれてるよ」
メレディスと名乗った店主は、現在オネエ様として生活しているらしい。親には勘当されたというから、意外といい家の出身なのか。シェンは推測を交えた観察を続けながら、赤いスープを飲む。辛いかと思ったが、酸味もあって美味しい。ただ、エリュには少し辛いかな。皿を少しエリュから遠ざけた。
「男に戻ろうと思わなかったのか? そうすりゃ差別されないんだろ」
ナイジェルは不思議そうに尋ねた。その口の周りについた白いクリームを、メレディスはナプキンで拭う。
「そんなことしたら、私じゃない。嫌ったり離れていく人もいるけど、こうして一緒に食事をしてくれる人もいるんだから。私は私だよ」
きっぱり言い切った潔い姿に、エリュもリンカも目を輝かせた。ナイジェルは「そんなもんなのかな」と首を傾げる。シェンは友人達の反応を観察していた。性格が出ていて興味深い。
隣に座るエリュは、パンに染み込ませたグラタンを頬張るのに夢中だった。頬にパンを詰め込み、グラタンの味に幸せそうだ。
エリュはクリーム系の味が好き。熱くても火傷せずに食べている姿に、自分の前にあった別のホワイトソースも差し出した。
「いいの?」
「もちろん。エリュが好きなら嬉しいな」
遠慮せず食べるよう、促す。黒いパンを手に取り、普段食べるより硬いパンをスープに浸した。この食べ方は庶民の間では一般的だが、貴族では嫌われる。というのも、平民が手にするパンは硬い。そのままでは喉に詰まるので、スープを染み込ませるのが通例だった。
貴族は柔らかな白いパンを食するため、その必要がない。千切ったパンに味を染み込ませて食べるのは、品がないと考えられてきた。シェンが知る限り、そんなマナーはごく最近の贅沢が発祥なのだが。
「今日は何をしてきたの?」
メレディスの質問に、口々に「芝居」だの「買い物」と答える子ども達。リリンが笑って、劇の題目を告げた。初代皇帝の英雄譚、建国の話。どちらも実際に見てきたシェンへ、メレディスが話を向けた。
「あの話に出てこない裏話が知りたいな」
「そうだなぁ……アンドレアが男装の麗人だったのは知ってる?」
爆弾発言と思わぬ秘密の暴露に、全員が顔を見合わせた。
結界が消えたことで、リンカの上げた大きな声が店内に響き渡る。他の客がいない今、それを聞いたのは店主であった。
湯気の上がる温かい料理を手に現れ、にっこりとリンカに笑いかける。グラタンに似たソースとパスタを焼いた料理に、挽肉を使った炒め物。香辛料が鮮やかな赤い鍋は、ぐらぐらと煮えていた。魚介類のいい香りがする。
最後に大量のパンを積み重ねた。白い小麦のパン、黒い大麦パンと雑多に並ぶ。よく見れば揚げパンも混じっていた。種類豊富なパンは、中に干した果物やナッツが入っている物まである。
「全部私の奢りよ、食べていって。こんなに嬉しいお客さんは久しぶりだわ」
閉店の札をかけた店主は、リンカとリリンの間に座った。一緒に食事をしながら、雑談に興じる。どの店のリボンが安くて可愛いか。ドレスを頼むなら優秀なオカマがいる、など。裏情報が披露された。
「私はあちこちで排除されるから、こうやって裏で店を開いたのさ。不便だけど、いいお客に恵まれてるよ」
メレディスと名乗った店主は、現在オネエ様として生活しているらしい。親には勘当されたというから、意外といい家の出身なのか。シェンは推測を交えた観察を続けながら、赤いスープを飲む。辛いかと思ったが、酸味もあって美味しい。ただ、エリュには少し辛いかな。皿を少しエリュから遠ざけた。
「男に戻ろうと思わなかったのか? そうすりゃ差別されないんだろ」
ナイジェルは不思議そうに尋ねた。その口の周りについた白いクリームを、メレディスはナプキンで拭う。
「そんなことしたら、私じゃない。嫌ったり離れていく人もいるけど、こうして一緒に食事をしてくれる人もいるんだから。私は私だよ」
きっぱり言い切った潔い姿に、エリュもリンカも目を輝かせた。ナイジェルは「そんなもんなのかな」と首を傾げる。シェンは友人達の反応を観察していた。性格が出ていて興味深い。
隣に座るエリュは、パンに染み込ませたグラタンを頬張るのに夢中だった。頬にパンを詰め込み、グラタンの味に幸せそうだ。
エリュはクリーム系の味が好き。熱くても火傷せずに食べている姿に、自分の前にあった別のホワイトソースも差し出した。
「いいの?」
「もちろん。エリュが好きなら嬉しいな」
遠慮せず食べるよう、促す。黒いパンを手に取り、普段食べるより硬いパンをスープに浸した。この食べ方は庶民の間では一般的だが、貴族では嫌われる。というのも、平民が手にするパンは硬い。そのままでは喉に詰まるので、スープを染み込ませるのが通例だった。
貴族は柔らかな白いパンを食するため、その必要がない。千切ったパンに味を染み込ませて食べるのは、品がないと考えられてきた。シェンが知る限り、そんなマナーはごく最近の贅沢が発祥なのだが。
「今日は何をしてきたの?」
メレディスの質問に、口々に「芝居」だの「買い物」と答える子ども達。リリンが笑って、劇の題目を告げた。初代皇帝の英雄譚、建国の話。どちらも実際に見てきたシェンへ、メレディスが話を向けた。
「あの話に出てこない裏話が知りたいな」
「そうだなぁ……アンドレアが男装の麗人だったのは知ってる?」
爆弾発言と思わぬ秘密の暴露に、全員が顔を見合わせた。
11
お気に入りに追加
930
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。
橘ハルシ
恋愛
ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!
リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。
怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。
しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。
全21話(本編20話+番外編1話)です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる