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70.祭りの前の穏やかな時間
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木蓮の花を刺繍した衣装を纏うシェンとエリュは、色違いだった。青いワンピースに白い木蓮がエリュ、淡いピンクに紫の木蓮がシェンだ。いつもならピンクがいいと口にするエリュだが、リンカの一言で青を選んだ。
「銀髪だから、青がすごく似合う。綺麗だぞ」
その褒め言葉に、エリュはご機嫌だった。淡黄色の百合を刺繍した紺色の衣装を纏うリンカは、可愛いというより凛々しい。祭りは明日だが、刺繍位置の最終調整とサイズ合わせのために着用した。
「うわっ、これを俺に着せるのか?」
廊下を挟んだ向かいの部屋から聞こえた声に、3人は扉を少し開けて覗く。向こうの扉が閉まっているので見えないが、声はよく届いた。
「派手じゃないか? え、これが普通……去年はもっと地味、あ、うん。そうなんだけど」
着替えを手伝った侍女に押し切られたらしい。最終的に納得したようだ。音をさせないよう扉を閉めて、着替えた。ナイジェルに衣装を見せるのは、明日のお楽しみだ。きっと彼も元のシンプルな服で出てくるはず。
「皆揃ってよかったね」
にこにこ笑うエリュに、リンカが「可愛い」と抱き着いた。微笑ましい気分で見守っているシェンを巻き込み「両方可愛い」と撫で回される。解放された時には、髪がくしゃくしゃだった。
「直しますね」
侍女のケイトとバーサが手早く櫛で梳かす。それが終わると、頭の上部でひとつに結ばれた。犬の尻尾のような形だ。そこへリボンを巻くと、普段から活発なリンカの姿によく似ていた。
「リンカはいつも自分で結うの?」
興味半分で尋ねたシェンへ、リンカは苦笑いして頷いた。武術に夢中の彼女は、リリンとも手合わせをしている。通常の入浴以外にも湯を浴びて汗を流すことが多いので、自分で髪や着替えを行うという。
「エリュもやりたい」
「じゃあ、僕の着替えを手伝ってよ」
「わかった」
着替えを侍女任せのエリュが、器用に自分の着替えをこなせるわけがない。見える状態で、誰かの着替えを手伝う方が先だろう。シェンはそう考えた。そんなやりとりを見ながら、感心した様子のリンカが呟く。
「なるほど、こうやって人を動かすのか」
「ん?」
首を傾げる蛇神に、妖精王の姪姫は首を横に振った。
「何でもない。そろそろおやつの時間じゃないか?」
話を逸らしたリンカに、シェンは肩を竦めた。幼女らしくないその仕草は、聞こえていたと暗に示すもの。追求する気はないので笑って流した。
「エリュ、行こう」
「うん、リンカも手を繋いで」
両側にリンカとシェンを連れ、エリュはご機嫌でスキップする。その度に大きく揺れる手を握り直しながら、リンカと笑いあった。
「あ! 楽しそうだな。何やってんだ」
着替えて合流したナイジェルは、乱れた髪はそのまま、ボタンは掛け違えている。それを指摘すると、慌てて直し始めた。追いついた彼に、シェンが手を伸ばした。仲良く歩く子ども達に遭遇した侍女は、微笑ましい光景に目を細める。
明日は建国祭――今年もひと騒動ありそうだった。
「銀髪だから、青がすごく似合う。綺麗だぞ」
その褒め言葉に、エリュはご機嫌だった。淡黄色の百合を刺繍した紺色の衣装を纏うリンカは、可愛いというより凛々しい。祭りは明日だが、刺繍位置の最終調整とサイズ合わせのために着用した。
「うわっ、これを俺に着せるのか?」
廊下を挟んだ向かいの部屋から聞こえた声に、3人は扉を少し開けて覗く。向こうの扉が閉まっているので見えないが、声はよく届いた。
「派手じゃないか? え、これが普通……去年はもっと地味、あ、うん。そうなんだけど」
着替えを手伝った侍女に押し切られたらしい。最終的に納得したようだ。音をさせないよう扉を閉めて、着替えた。ナイジェルに衣装を見せるのは、明日のお楽しみだ。きっと彼も元のシンプルな服で出てくるはず。
「皆揃ってよかったね」
にこにこ笑うエリュに、リンカが「可愛い」と抱き着いた。微笑ましい気分で見守っているシェンを巻き込み「両方可愛い」と撫で回される。解放された時には、髪がくしゃくしゃだった。
「直しますね」
侍女のケイトとバーサが手早く櫛で梳かす。それが終わると、頭の上部でひとつに結ばれた。犬の尻尾のような形だ。そこへリボンを巻くと、普段から活発なリンカの姿によく似ていた。
「リンカはいつも自分で結うの?」
興味半分で尋ねたシェンへ、リンカは苦笑いして頷いた。武術に夢中の彼女は、リリンとも手合わせをしている。通常の入浴以外にも湯を浴びて汗を流すことが多いので、自分で髪や着替えを行うという。
「エリュもやりたい」
「じゃあ、僕の着替えを手伝ってよ」
「わかった」
着替えを侍女任せのエリュが、器用に自分の着替えをこなせるわけがない。見える状態で、誰かの着替えを手伝う方が先だろう。シェンはそう考えた。そんなやりとりを見ながら、感心した様子のリンカが呟く。
「なるほど、こうやって人を動かすのか」
「ん?」
首を傾げる蛇神に、妖精王の姪姫は首を横に振った。
「何でもない。そろそろおやつの時間じゃないか?」
話を逸らしたリンカに、シェンは肩を竦めた。幼女らしくないその仕草は、聞こえていたと暗に示すもの。追求する気はないので笑って流した。
「エリュ、行こう」
「うん、リンカも手を繋いで」
両側にリンカとシェンを連れ、エリュはご機嫌でスキップする。その度に大きく揺れる手を握り直しながら、リンカと笑いあった。
「あ! 楽しそうだな。何やってんだ」
着替えて合流したナイジェルは、乱れた髪はそのまま、ボタンは掛け違えている。それを指摘すると、慌てて直し始めた。追いついた彼に、シェンが手を伸ばした。仲良く歩く子ども達に遭遇した侍女は、微笑ましい光景に目を細める。
明日は建国祭――今年もひと騒動ありそうだった。
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