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63.ちょっと潰してくるね
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まだ眠るエリュを置いて転移する。合流して移動する必要はなく、すでに現場に到着したリリンの前に現れた。すっと片膝を突いて頭を下げるリリンへ立つよう指示を出し、シェンは報告を受け取る。
「土竜族と接触した、バティン伯爵家の周辺を調査しました」
文字通り周辺の噂から、財産状態や付き合いのある貴族や商人のリストに至るまで。バティン伯爵家の内情も外交状況も丸裸だった。これは調べた騎士や文官が大変だっただろう。後で労うように言っておかなくちゃ。シェンは真剣に内容に目を通す。
「これ、か」
ひとつの条項に引っ掛かった。同じ場所に引っ掛かり考え込んだベリアルが、ペンで突いたのだろう。インクの跡が残っている。数回叩くようにしてから、眉間に皺を寄せて溜め息をついた姿まで思い浮かび、シェンはくすくすと笑った。
目の前はバティン伯爵邸、後ろは彼の領地の都市だ。噴水が水を跳ね上げる広場で、幼女シェンはするりと変身した。己の本来の姿である蛇は無理だが、人化した際に纏う姿ならば問題ない。一部の神殿に残る美女姿で立派な鎌を利き手で握った。
「そのお姿で降臨なさる予定ですか」
リリンはもったいないと匂わせた。この程度の相手に蛇神が降臨して罰を下すのは、魔族の守護神としての格に影響すると嘆く。将軍職を預かるリリンの言葉に、周囲も同意した。
「うーん、この方が早くない?」
「早く解決をお望みなら我々が動けば済むことですわ。やはり分不相応な気がします」
ここまで難色を示されては仕方ない。シェンはまた元の姿に戻った。黒髪を背に流した幼女は、短い手足でちょこちょこと前に出る。見守る武官の間にほんわかした雰囲気が漂った。
「じゃ、やっつけちゃって」
右手を上げて振り下ろす。あまりに軽い合図だが、重々しく頷いた騎士や兵士が動き出した。包囲した屋敷に突入しようとする騎士が、何らかの結界に弾かれる。
「やれやれ。僕の出番だね」
「私が」
前に出ようとしたリリンだが、シェンの方が早かった。先ほど振り下ろした右手を持ち上げ、空中を掴む仕草をする。爪を立ててぎゅっと握り込んだ直後、ぱりんと甲高い音が響いた。結界が目に見える形で散っていく。ばらばらに砕かれた破片が、朝日をきらきらと反射した。
スターダストのように幻想的な光景だ。一瞬見惚れた騎士が慌てて指揮を始め、わっと突入した。明け方から早朝にかけての突入は一番効果的で、敵を油断させた状態で確保できる。騎士達に軽い守護を振りかけながら、シェンは笑顔で手を振った。
「ありがとうございます」
騎士に代わり礼を告げるリリンへ、シェンは肩を竦める。大切なお姫様であるエリュを守る仲間に、少しばかり力を貸した程度の話だ。それより、シェンは先ほどの報告書の一文が気になっていた。
「ねえ、土竜族の洞窟がある山で鉱脈が見つかったんだよね」
「はい。その権益を独占するため、土竜族を外に出そうとしたようです。ところが若者以外は先祖伝来の土地を手放すことに反対しました。彼らを罪人として追放する目的で、今回の騒動が引き起こされたと。その内容がシェンは気に入らなかった。
「ちょっと潰してくるね」
「え? お待ちを……っ、何を潰すのよぉ」
転移で屋敷に突撃したシェンを引き留め損ね、リリンは半泣きで自分も後に続いた。
「土竜族と接触した、バティン伯爵家の周辺を調査しました」
文字通り周辺の噂から、財産状態や付き合いのある貴族や商人のリストに至るまで。バティン伯爵家の内情も外交状況も丸裸だった。これは調べた騎士や文官が大変だっただろう。後で労うように言っておかなくちゃ。シェンは真剣に内容に目を通す。
「これ、か」
ひとつの条項に引っ掛かった。同じ場所に引っ掛かり考え込んだベリアルが、ペンで突いたのだろう。インクの跡が残っている。数回叩くようにしてから、眉間に皺を寄せて溜め息をついた姿まで思い浮かび、シェンはくすくすと笑った。
目の前はバティン伯爵邸、後ろは彼の領地の都市だ。噴水が水を跳ね上げる広場で、幼女シェンはするりと変身した。己の本来の姿である蛇は無理だが、人化した際に纏う姿ならば問題ない。一部の神殿に残る美女姿で立派な鎌を利き手で握った。
「そのお姿で降臨なさる予定ですか」
リリンはもったいないと匂わせた。この程度の相手に蛇神が降臨して罰を下すのは、魔族の守護神としての格に影響すると嘆く。将軍職を預かるリリンの言葉に、周囲も同意した。
「うーん、この方が早くない?」
「早く解決をお望みなら我々が動けば済むことですわ。やはり分不相応な気がします」
ここまで難色を示されては仕方ない。シェンはまた元の姿に戻った。黒髪を背に流した幼女は、短い手足でちょこちょこと前に出る。見守る武官の間にほんわかした雰囲気が漂った。
「じゃ、やっつけちゃって」
右手を上げて振り下ろす。あまりに軽い合図だが、重々しく頷いた騎士や兵士が動き出した。包囲した屋敷に突入しようとする騎士が、何らかの結界に弾かれる。
「やれやれ。僕の出番だね」
「私が」
前に出ようとしたリリンだが、シェンの方が早かった。先ほど振り下ろした右手を持ち上げ、空中を掴む仕草をする。爪を立ててぎゅっと握り込んだ直後、ぱりんと甲高い音が響いた。結界が目に見える形で散っていく。ばらばらに砕かれた破片が、朝日をきらきらと反射した。
スターダストのように幻想的な光景だ。一瞬見惚れた騎士が慌てて指揮を始め、わっと突入した。明け方から早朝にかけての突入は一番効果的で、敵を油断させた状態で確保できる。騎士達に軽い守護を振りかけながら、シェンは笑顔で手を振った。
「ありがとうございます」
騎士に代わり礼を告げるリリンへ、シェンは肩を竦める。大切なお姫様であるエリュを守る仲間に、少しばかり力を貸した程度の話だ。それより、シェンは先ほどの報告書の一文が気になっていた。
「ねえ、土竜族の洞窟がある山で鉱脈が見つかったんだよね」
「はい。その権益を独占するため、土竜族を外に出そうとしたようです。ところが若者以外は先祖伝来の土地を手放すことに反対しました。彼らを罪人として追放する目的で、今回の騒動が引き起こされたと。その内容がシェンは気に入らなかった。
「ちょっと潰してくるね」
「え? お待ちを……っ、何を潰すのよぉ」
転移で屋敷に突撃したシェンを引き留め損ね、リリンは半泣きで自分も後に続いた。
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