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61.釣り糸を垂らして待つのも楽しみのひとつ
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皇帝陛下はエウリュアレだが、影の皇帝がいるらしい。くだらない噂が流れ、ベリアルがにやりと笑う。どうやら獲物が引っ掛かったようだ。影の皇帝とやらは、黒髪の幼女姿をした実力者だとか。ある意味、面白い見解だった。
陰で動いているのは事実だが、シェンは蛇神だ。どこまでいっても、魔族ではない。正確に表現するなら、現在は神格を持つ元魔族だろうか。噂を持ち帰った侍女を褒めて、少し先で花を摘むエリュを見守る。
青宮殿の侍女は全員、前皇帝のアドラメレクが拾った孤児だった。戦場で親と逸れた子もいれば、人間に追われて逃げ延びた子もいる。飢饉で両親を失った子はケイトだ。誰もが親を失う経験をしており、エリュの痛みが分かる。育ててくれた恩人の子への忠誠心も厚かった。
「バーサ、花瓶を用意してくれる?」
もうすぐ両手に花を抱えたエリュが戻る。そう告げたシェンに頷き、バーサと呼ばれた侍女は踵を返した。エリュに付き添って花を摘むのはケイト。笑顔を咲かせて歩くエリュが、シェンの姿に気づいて足を速めた。転ばぬよう魔法で補助しながら、両手を広げて受け止める。
「おかえり、シェン。お仕事した?」
「うん。終わったから一緒におやつ食べよう。街で人気のお菓子だよ」
ベリアル経由で注文したお菓子の箱を見せ、お花を半分預かる。空いた左手を差し出すエリュと手を繋ぎ、宮殿の庭に用意された一画へ向かった。柔らかな絨毯の手前で靴を脱いで、クッションの山に飛び込む。手前で花を受け取ったバーサが苦笑いした。
「エリュ様、スカートが捲れます」
「あ、ダメなの」
慌てて両手でスカートを引っ張る。突き出した形になったお尻を、シェンがぺちんと叩いた。
「ほら、ちゃんと座って。先にお菓子食べちゃうよ」
ここ最近、エリュは聞き分けが悪くなった。悪いことのようだが、成長の過程のひとつだ。そう捉えるから、シェンは望ましい変化を笑って受け入れた。この子は両親がいないことを知っている。自分が責任ある立場らしいと察した。だから我が侭を飲み込む。
人に迷惑をかけてはいけない。何かをする前に、自らセーブしてしまう。幼子は本能に近い部分で、他人の顔色を窺った。好まれるように自分を抑え込み、いろいろと我慢する。それが綻びてきたのは、甘やかし頼れる存在が出来たから。
我が侭を言っても叱ってもらえること。いけないことをしたら直され、困ったら相談できる。少しくらい悪い子でも嫌われないと実感した。どこまで平気か、愛されているか。常に確かめながら様子を見ているから、出来るだけ大きく手を広げて許した。
「お菓子、食べる!」
「座って手を拭いてね」
大人しく手を拭いて、フォークを握る。持ち方がおかしいが、まだ躾けるには早いだろう。正式な晩餐やお茶会に参加するのも数年先の話だった。今は楽しく食べる方が優先だ。ただ、ケガをしそうな左手の位置は修正した。
「ケイト達も一緒に食べようよ」
シェンに誘われ、侍女達も絨毯に座った。小さなテーブルに用意された柔らかなケーキを切り分け、並んでお茶を飲む。雲が横切った空を見上げ、シェンは眉を寄せた。天気が崩れそうな気配を感じたものの、雨は雨で楽しみ方もあると割り切って小さなお茶会を楽しんだ。
陰で動いているのは事実だが、シェンは蛇神だ。どこまでいっても、魔族ではない。正確に表現するなら、現在は神格を持つ元魔族だろうか。噂を持ち帰った侍女を褒めて、少し先で花を摘むエリュを見守る。
青宮殿の侍女は全員、前皇帝のアドラメレクが拾った孤児だった。戦場で親と逸れた子もいれば、人間に追われて逃げ延びた子もいる。飢饉で両親を失った子はケイトだ。誰もが親を失う経験をしており、エリュの痛みが分かる。育ててくれた恩人の子への忠誠心も厚かった。
「バーサ、花瓶を用意してくれる?」
もうすぐ両手に花を抱えたエリュが戻る。そう告げたシェンに頷き、バーサと呼ばれた侍女は踵を返した。エリュに付き添って花を摘むのはケイト。笑顔を咲かせて歩くエリュが、シェンの姿に気づいて足を速めた。転ばぬよう魔法で補助しながら、両手を広げて受け止める。
「おかえり、シェン。お仕事した?」
「うん。終わったから一緒におやつ食べよう。街で人気のお菓子だよ」
ベリアル経由で注文したお菓子の箱を見せ、お花を半分預かる。空いた左手を差し出すエリュと手を繋ぎ、宮殿の庭に用意された一画へ向かった。柔らかな絨毯の手前で靴を脱いで、クッションの山に飛び込む。手前で花を受け取ったバーサが苦笑いした。
「エリュ様、スカートが捲れます」
「あ、ダメなの」
慌てて両手でスカートを引っ張る。突き出した形になったお尻を、シェンがぺちんと叩いた。
「ほら、ちゃんと座って。先にお菓子食べちゃうよ」
ここ最近、エリュは聞き分けが悪くなった。悪いことのようだが、成長の過程のひとつだ。そう捉えるから、シェンは望ましい変化を笑って受け入れた。この子は両親がいないことを知っている。自分が責任ある立場らしいと察した。だから我が侭を飲み込む。
人に迷惑をかけてはいけない。何かをする前に、自らセーブしてしまう。幼子は本能に近い部分で、他人の顔色を窺った。好まれるように自分を抑え込み、いろいろと我慢する。それが綻びてきたのは、甘やかし頼れる存在が出来たから。
我が侭を言っても叱ってもらえること。いけないことをしたら直され、困ったら相談できる。少しくらい悪い子でも嫌われないと実感した。どこまで平気か、愛されているか。常に確かめながら様子を見ているから、出来るだけ大きく手を広げて許した。
「お菓子、食べる!」
「座って手を拭いてね」
大人しく手を拭いて、フォークを握る。持ち方がおかしいが、まだ躾けるには早いだろう。正式な晩餐やお茶会に参加するのも数年先の話だった。今は楽しく食べる方が優先だ。ただ、ケガをしそうな左手の位置は修正した。
「ケイト達も一緒に食べようよ」
シェンに誘われ、侍女達も絨毯に座った。小さなテーブルに用意された柔らかなケーキを切り分け、並んでお茶を飲む。雲が横切った空を見上げ、シェンは眉を寄せた。天気が崩れそうな気配を感じたものの、雨は雨で楽しみ方もあると割り切って小さなお茶会を楽しんだ。
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