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42.前皇帝夫妻の願いが過保護の原因
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エリュは起き上がって欠伸をし、隣のシェンを起こした。
「起きて、シェン。リリンがお迎えにきた」
「うん、ありがとう」
蛇神は思ったより居心地の良い地下室を惜しみながら、周囲の道具をひとまとめにして収納へ放り込んだ。
寝心地の良い柔らかな絨毯、大量のクッション、温かな毛布。こっそり二人で食べたおやつの残りも。発見した騎士が驚くほどの豪華装備が、一瞬で消え去った。
「楽しそうで何よりですわ」
「そこは義理でも、ご無事で……じゃない?」
「ご無事なのはわかっておりますから」
くすくす笑うリリンは、手を伸ばしてエリュを抱き上げた。迷う騎士に、シェンは首を横に振る。知らない者は、皇帝エウリュアレの学習相手だと認識しているが、シェンは立派な守護者だ。幼子の姿をしていても、騎士の手を借りる必要はなかった。
「ベリアルや君の過保護も分かるけど、いっそ公表したらいいんじゃない? バカを半分に減らせるよ」
今回の拉致は乱暴だった。おそらく地方出身者が、何も知らずに中央へ攻撃を売ったパターンだ。シェンはそう判断した。何か知っていたなら扱いはもっと柔らかい。愚か者をある程度弾き出すのは大事だが、知らずに行動を起こした者を罰していたらキリがない。
もっともなシェンの指摘に、エリュを抱いたリリンが困ったように笑った。
「どうせフルーレティが何か言い残したんでしょ? 僕が破る分には問題ないね」
策士フルーレティは、ベリアルやリリンへ命令を残したらしい。それで口を噤み、守ることに専念したのか。守護者を得ていない娘を、どうにかして守ろうと考えた。成人するまで危険だが、敵を排除できるだけの側近を残して。
愛しらしく儚げな外見に似合わぬ、強かなフルーレティを思い浮かべた。シェンが眠りにつく時期でなければ、まだエリュの両親は生きていただろうか。そういえば、皇帝夫妻の死因も聞いていなかった。
「シェン、リリンを虐めたらダメ」
「わかってるよ。大丈夫、仲良くしてるから」
「それならいいの」
にっこり笑うエリュの姿に、シェンは決意した。約束を破って勝手に死んだあの二人が何を考えていようと、今、シェンが庇護するエウリュアレが最優先だ。全部話してしまおう。
知っても危害を加える輩はいるだろうが、そちらは容赦なく排除すればいい。ごしごしと目を手で擦るエリュを、リリンが優しく留める。騎士と並んで歩くシェンは、地上の眩しさに目が眩んだ。拉致されたのがお昼寝の前だから、まだ夕方前のようだ。
「順調だったか」
「エリュ様の安全が確保されているのに、私達に何を恐れろとおっしゃるのでしょう」
シェンの保護下にあって、エリュが傷付けられるはずがない。ならば、どのような手も使えた。強引でも無謀でも、皇帝エウリュアレが無事ならば、他の問題は瑣末ごとだ。言い切ったリリンへ、蛇神は肩をすくめた。
「まあいいや、夜に話し合うとして。まずはエリュを部屋に連れて帰ろう」
長かったお昼寝の影響をまだ引き摺るエリュは、眠ってしまいそうだ。すべては彼女を青宮殿に運んでから。そう口にしたシェンに深く一礼し、リリンは踵を鳴らした。一瞬で発動した魔法陣が、景色を変える。青宮殿まで転移した一行は、それぞれの立場に戻った。
「ただいま、ケイト」
侍女に抱きつくエリュ、微笑んで見守るリリン。
「おかえりなさいませ、エリュ様、シェン様」
お仕着せに返り血ひとつない優秀なケイトに、シェンは笑う。愚者の洗い出しと拘束を手配したベリアルが駆けつけるはず。その予想は大当たりで、すぐにベリアルが飛び込んだ。
皇帝の血筋が貴ばれる理由――どう公表したら効果的か。シェンは頭の片隅で計算を始めていた。
「起きて、シェン。リリンがお迎えにきた」
「うん、ありがとう」
蛇神は思ったより居心地の良い地下室を惜しみながら、周囲の道具をひとまとめにして収納へ放り込んだ。
寝心地の良い柔らかな絨毯、大量のクッション、温かな毛布。こっそり二人で食べたおやつの残りも。発見した騎士が驚くほどの豪華装備が、一瞬で消え去った。
「楽しそうで何よりですわ」
「そこは義理でも、ご無事で……じゃない?」
「ご無事なのはわかっておりますから」
くすくす笑うリリンは、手を伸ばしてエリュを抱き上げた。迷う騎士に、シェンは首を横に振る。知らない者は、皇帝エウリュアレの学習相手だと認識しているが、シェンは立派な守護者だ。幼子の姿をしていても、騎士の手を借りる必要はなかった。
「ベリアルや君の過保護も分かるけど、いっそ公表したらいいんじゃない? バカを半分に減らせるよ」
今回の拉致は乱暴だった。おそらく地方出身者が、何も知らずに中央へ攻撃を売ったパターンだ。シェンはそう判断した。何か知っていたなら扱いはもっと柔らかい。愚か者をある程度弾き出すのは大事だが、知らずに行動を起こした者を罰していたらキリがない。
もっともなシェンの指摘に、エリュを抱いたリリンが困ったように笑った。
「どうせフルーレティが何か言い残したんでしょ? 僕が破る分には問題ないね」
策士フルーレティは、ベリアルやリリンへ命令を残したらしい。それで口を噤み、守ることに専念したのか。守護者を得ていない娘を、どうにかして守ろうと考えた。成人するまで危険だが、敵を排除できるだけの側近を残して。
愛しらしく儚げな外見に似合わぬ、強かなフルーレティを思い浮かべた。シェンが眠りにつく時期でなければ、まだエリュの両親は生きていただろうか。そういえば、皇帝夫妻の死因も聞いていなかった。
「シェン、リリンを虐めたらダメ」
「わかってるよ。大丈夫、仲良くしてるから」
「それならいいの」
にっこり笑うエリュの姿に、シェンは決意した。約束を破って勝手に死んだあの二人が何を考えていようと、今、シェンが庇護するエウリュアレが最優先だ。全部話してしまおう。
知っても危害を加える輩はいるだろうが、そちらは容赦なく排除すればいい。ごしごしと目を手で擦るエリュを、リリンが優しく留める。騎士と並んで歩くシェンは、地上の眩しさに目が眩んだ。拉致されたのがお昼寝の前だから、まだ夕方前のようだ。
「順調だったか」
「エリュ様の安全が確保されているのに、私達に何を恐れろとおっしゃるのでしょう」
シェンの保護下にあって、エリュが傷付けられるはずがない。ならば、どのような手も使えた。強引でも無謀でも、皇帝エウリュアレが無事ならば、他の問題は瑣末ごとだ。言い切ったリリンへ、蛇神は肩をすくめた。
「まあいいや、夜に話し合うとして。まずはエリュを部屋に連れて帰ろう」
長かったお昼寝の影響をまだ引き摺るエリュは、眠ってしまいそうだ。すべては彼女を青宮殿に運んでから。そう口にしたシェンに深く一礼し、リリンは踵を鳴らした。一瞬で発動した魔法陣が、景色を変える。青宮殿まで転移した一行は、それぞれの立場に戻った。
「ただいま、ケイト」
侍女に抱きつくエリュ、微笑んで見守るリリン。
「おかえりなさいませ、エリュ様、シェン様」
お仕着せに返り血ひとつない優秀なケイトに、シェンは笑う。愚者の洗い出しと拘束を手配したベリアルが駆けつけるはず。その予想は大当たりで、すぐにベリアルが飛び込んだ。
皇帝の血筋が貴ばれる理由――どう公表したら効果的か。シェンは頭の片隅で計算を始めていた。
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