【完結】獅子の威を借る子猫は爪を研ぐ

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)

文字の大きさ
上 下
42 / 128

42.前皇帝夫妻の願いが過保護の原因

しおりを挟む
 エリュは起き上がって欠伸をし、隣のシェンを起こした。

「起きて、シェン。リリンがお迎えにきた」

「うん、ありがとう」

 蛇神は思ったより居心地の良い地下室を惜しみながら、周囲の道具をひとまとめにして収納へ放り込んだ。

 寝心地の良い柔らかな絨毯、大量のクッション、温かな毛布。こっそり二人で食べたおやつの残りも。発見した騎士が驚くほどの豪華装備が、一瞬で消え去った。

「楽しそうで何よりですわ」

「そこは義理でも、ご無事で……じゃない?」

「ご無事なのはわかっておりますから」

 くすくす笑うリリンは、手を伸ばしてエリュを抱き上げた。迷う騎士に、シェンは首を横に振る。知らない者は、皇帝エウリュアレの学習相手だと認識しているが、シェンは立派な守護者だ。幼子の姿をしていても、騎士の手を借りる必要はなかった。

「ベリアルや君の過保護も分かるけど、いっそ公表したらいいんじゃない? バカを半分に減らせるよ」

 今回の拉致は乱暴だった。おそらく地方出身者が、何も知らずに中央へ攻撃を売ったパターンだ。シェンはそう判断した。何か知っていたなら扱いはもっと柔らかい。愚か者をある程度弾き出すのは大事だが、知らずに行動を起こした者を罰していたらキリがない。

 もっともなシェンの指摘に、エリュを抱いたリリンが困ったように笑った。

「どうせフルーレティが何か言い残したんでしょ? 僕が破る分には問題ないね」

 策士フルーレティは、ベリアルやリリンへ命令を残したらしい。それで口を噤み、守ることに専念したのか。守護者を得ていない娘を、どうにかして守ろうと考えた。成人するまで危険だが、敵を排除できるだけの側近を残して。

 愛しらしく儚げな外見に似合わぬ、強かなフルーレティを思い浮かべた。シェンが眠りにつく時期でなければ、まだエリュの両親は生きていただろうか。そういえば、皇帝夫妻の死因も聞いていなかった。

「シェン、リリンを虐めたらダメ」

「わかってるよ。大丈夫、仲良くしてるから」

「それならいいの」

 にっこり笑うエリュの姿に、シェンは決意した。約束を破って勝手に死んだあの二人が何を考えていようと、今、シェンが庇護するエウリュアレが最優先だ。全部話してしまおう。

 知っても危害を加える輩はいるだろうが、そちらは容赦なく排除すればいい。ごしごしと目を手で擦るエリュを、リリンが優しく留める。騎士と並んで歩くシェンは、地上の眩しさに目が眩んだ。拉致されたのがお昼寝の前だから、まだ夕方前のようだ。

「順調だったか」

「エリュ様の安全が確保されているのに、私達に何を恐れろとおっしゃるのでしょう」

 シェンの保護下にあって、エリュが傷付けられるはずがない。ならば、どのような手も使えた。強引でも無謀でも、皇帝エウリュアレが無事ならば、他の問題は瑣末ごとだ。言い切ったリリンへ、蛇神は肩をすくめた。

「まあいいや、夜に話し合うとして。まずはエリュを部屋に連れて帰ろう」

 長かったお昼寝の影響をまだ引き摺るエリュは、眠ってしまいそうだ。すべては彼女を青宮殿に運んでから。そう口にしたシェンに深く一礼し、リリンは踵を鳴らした。一瞬で発動した魔法陣が、景色を変える。青宮殿まで転移した一行は、それぞれの立場に戻った。

「ただいま、ケイト」

 侍女に抱きつくエリュ、微笑んで見守るリリン。

「おかえりなさいませ、エリュ様、シェン様」

 お仕着せに返り血ひとつない優秀なケイトに、シェンは笑う。愚者の洗い出しと拘束を手配したベリアルが駆けつけるはず。その予想は大当たりで、すぐにベリアルが飛び込んだ。

 皇帝の血筋が貴ばれる理由――どう公表したら効果的か。シェンは頭の片隅で計算を始めていた。
しおりを挟む
感想 167

あなたにおすすめの小説

元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!

楠ノ木雫
恋愛
 貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?  貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。  けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?  ※他サイトにも投稿しています。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき@バカふり200万部突破
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです

珂里
ファンタジー
ある日、5歳の彩菜は突然神隠しに遭い異世界へ迷い込んでしまう。 そんな迷子の彩菜を助けてくれたのは王国の騎士団長だった。元の世界に帰れない彩菜を、子供のいない団長夫婦は自分の娘として育ててくれることに……。 日本のお父さんお母さん、会えなくて寂しいけれど、彩菜は優しい大人の人達に助けられて毎日元気に暮らしてます!

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい

珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。 本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。 …………私も消えることができるかな。 私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。 私は、邪魔な子だから。 私は、いらない子だから。 だからきっと、誰も悲しまない。 どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。 そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。 異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。 ☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。 彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...