【完結】獅子の威を借る子猫は爪を研ぐ

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)

文字の大きさ
上 下
9 / 128

09.今楽しむこと、将来学ぶこと

しおりを挟む
 礼儀作法は必ず学ぶ必要がある。しかし生まれてまだ3年、種族によっては卵の殻を引きずる赤子も同然。そう言って、シェンはベリアルを止めた。

 いつもの癖で、つい口うるさく注意しようとしたのだ。言われた内容は理解できるが、そんな顔をしたベリアルへ肩を竦めたシェンが一言。

「大人のお前に難しかったことを、エリュに強要するのか? まだ自由に、好き勝手にして許される年齢だ。あの二人ならそうしただろう。もちろん、作法の勉強はサボらせたりしないが」

 ふふっと笑うシェンは、幼女の姿に似合わぬ口調でベリアルを諭した。お前の考えは間違っていない。将来苦労する可能性を小さくしたい思いは立派だった。だが、この年齢の子どもは手掴みで物を食べても許されるはず。大人になれば許されないのだから、今のうちに好きにさせればいい。

 叱られたのとも違う。すとんと今の言葉が胸に落ちた。ベリアルは憑き物が取れたように、穏やかな顔で頷く。そんなやり取りを知ってか知らずか。エリュはソーセージと格闘中だった。

「えいっ、このっ!」

 フォークを逆手に持って、薄く切られたソーセージを刺そうとする。太いソーセージを薄く切り、サラダの上に載せられていたのだ。先に下の野菜を食べてしまい、器の底にソーセージが貼り付いた。掬うのも難しく、刺して食べようと考えたらしい。くすくす笑いながら見守るシェンの姿に釣られ、リリンやベリアルの表情も穏やかだった。

「エリュ、こうしたらどうだ?」

 器の縁の方から掬う形で丸め、ぐさっと刺してみせる。同じ状態で再現したシェンの手許をじっくり眺め、エリュは目を輝かせた。同じように真似して丸めるが、途中で戻ってしまう。左手で押さえながら丸め、ようやくフォークで刺すことに成功した。

「出来た!」

「立派だぞ、頑張ったな」

「うん」

 嬉しそうに笑うエリュの顔に、ベリアルは自分の至らなさに気付いた。覚えさせることに夢中になるあまり、エリュが笑う時間を減らしてしまった。肩を落とす彼に、蛇神はけろりと言い放つ。

「そなたの行動は間違っていない。少し早かっただけだ」

 あと数年したら、厳しく教えてもいいだろう。否定するのではなく肯定するシェンの言葉に、ベリアルは頭を下げた。まだまだ自由に遊ばせていいのだと、保護者二人は気持ちを緩める。

「ねえ、エリュは普段何をして遊ぶの?」

「お庭で追いかけっこして、お花を摘んで、お部屋で本を読んでもらうの」

 行動半径が狭くないか? 眉を寄せたシェンは、幼子らしからぬ顔で提案した。

「僕と空を飛んで……」

「シェン様! 青宮殿の敷地から出るのは困ります」

 リリンが慌てて遮った。空を飛ぶという表現に、目を輝かせるエリュは聞いていない。

「空を飛べるの? エリュも一緒に飛べる?」

 興味を持ってしまった主君に、二人は顔を見合わせた。そこへ食後のお茶が運ばれてくる。両手で包むようにカップを持ったエリュの足は、勢いよく前後に揺れていた。もう出かける気でいる。

「安心しろ、お前達の懸念は理解している」

 ベリアルとリリンに頷いて見せ、エリュに向き直ったシェンは小さな手を伸ばした。お茶のカップを置いた温かなエリュの手を握る。

「飛べるぞ。今日は宮殿の周りを飛ぼう。残りはベリアル達が一緒に出かけられる日にしよう」

「わかった! じゃあ、お洋服着替える?」

 スカートの裾を気にするエリュに、笑いながらシェンが頷いた。

「そうだな、丸見えになってしまうから着替えようか」
しおりを挟む
感想 167

あなたにおすすめの小説

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき@バカふり200万部突破
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

【完結】平民聖女の愛と夢

ここ
ファンタジー
ソフィは小さな村で暮らしていた。特技は治癒魔法。ところが、村人のマークの命を救えなかったことにより、村全体から、無視されるようになった。食料もない、お金もない、ソフィは仕方なく旅立った。冒険の旅に。

お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました

蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。 家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。 アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。 閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。 養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。 ※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する

影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。 ※残酷な描写は予告なく出てきます。 ※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。 ※106話完結。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

こちらの異世界で頑張ります

kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で 魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。 様々の事が起こり解決していく

処理中です...