57 / 58
57. あなたを愛してる(最終話)
しおりを挟む
鞭の音と悲鳴って、どうしてこんなに合うのかしら。この世界に生まれ直して、初めて知ったわ。薄れた記憶の前世では、こんな知識得られそうにないもの。
腹痛から回復した時点で、ラピヨン子爵家は貴族名鑑から消えていた。お父様ったら対応が早すぎるわ。呆れ半分で朝食の話題に出したら、シルも絡んでいたことが判明する。そのお仕置きを兼ねて、シルにも鞭を入れておいた。勝手に散歩する飼い犬は、手を噛みそうで嫌なのよ。
明日は第一王子アルフォンスが王太子として確定する。夜会をするらしいが、私の体調不良を理由に欠席の通知を出した。面倒なのよ。腹痛は治まったけど、怠いし。万が一、夜会のドレスが赤く染まったら事件でしょう。
「シル一人で出てもいいのよ?」
「レティの隣がいい」
代わりにルーベル公爵夫妻が出席する。ときどき忘れそうになるけど、シルはまだ爵位を継承していなかったわ。招待状は公爵夫妻と、私達の双方へ送られた。アルフォンス王子としては、何か思惑があるのかしら。
単にエルネストの王籍剥奪に成功したから、はしゃいでるのかも。第二王子だったエルネストは、ラピヨン子爵の後釜に据えられた。二度と王族を名乗れない。正妃も同じく、子爵領で幽閉となった。私が考えるより軽い処罰だけど、軟弱で優柔不断の国王にしては頑張った方ね。
「難しいことを考えているね? レティ」
「そうでもないわ。夫婦生活をどうしようか、迷ってるだけ」
国王陛下の思惑も、継承権争いも関係ない。私が望むのは、目の前にいるシルが私を殺さないこと。ここまで愛されたら、浮気でもしない限り大丈夫そうね。
するりと腕を絡めて、シルに抱きつく。手にしていた鞭を放り投げた。さっとロザリーが拾うあたり、あの子は優秀ね。マノンの指示で、罪人が牢へ戻された。今日の調教……じゃなかった、運動は終わりにしましょう。
「俺に身を任せてくれる気になった?」
「そうね……考えてあげるわ」
抱き上げたシルに身を任せ、自室へ戻る。痛みが消えても、怠さと貧血はそのままだった。ベッドに横たえられ、上に被さる夫の鼻をぱちんと指で弾く。
「っ、レティ?」
「忘れたの? まだ無理よ。明後日以降ね」
「夜会の日だね」
にっこりと微笑むシルは、ようやくお預けが解除される見通しが立って、尻尾が全開だ。幻影が見えるほど喜んでいた。水を差すのもなんだし、シルのことは好きだからいいけど。
「言っておくけど、私を抱いたら二度と他の女に触れられないわよ?」
浮気したら、アレを潰すわ。冗談じゃなく、出会った夜に見たでしょう? 微笑んで返答を待てば、青ざめてぶるりと震えたシルが頷く。浮気する気はなくても、想像だけで痛いと呟いた。前世も今生も女だからわからないけどね。そういうものなの?
「俺は一生、レティ一筋だ。死んでも来世も追いかける」
異世界にだって追いかけたんだ。そんな意味不明の言葉はスルーして、私は微笑んだ。
「じゃあいいわ。夜会の日に、準備していらっしゃい」
あくまでも上から許しを与える。目を輝かせるシルの重さと温もりを感じながら、悪くないと苦笑いした。ここまで私を愛する男はいない。
王位継承権は片付き、ヒロインは物語に介入しない。強制力もシナリオも行方不明で、私を狙う愚者も処分した。残るのは貴族の跡取り問題のみ。
「愛しているわ、シル」
「レティ! 俺も、愛してる。誰でもない君だけを愛し続ける」
監禁癖のある男にここまで許したら、きっと閉じ込められてしまう。それでいいと思うあたり、私も壊れてるわね。柔らかな黒髪を手で撫でながら、明後日を楽しみにする自分を見ないフリでやり過ごした。
「レティ、ありがとう」
乱れた荒い呼吸を整える私は、酸欠で朦朧としながら微笑んだ。生まれた娘を抱くシルは、後ろのマノンへ赤子を渡す。ようやく生まれたわ。半日近いお産が終わり、私はシルの手をしっかり握り締めた。
「シル」
「うん、レティ」
先に感動して泣くなんて、夫失格よ。私が泣けないじゃない。孫が生まれたら、なんとしても爵位を押しつけ、自由時間を孫と過ごしたいと力説した公爵夫妻が、大泣きしていた。誰も彼も、私より先に泣くなんて。
この子が大きくなったら、鞭の使い方や暗器の扱いを教えなくちゃ。ルーベル公爵令嬢で、シモン侯爵家の血を引くんだもの。まだまだやることはたくさんあるわ。
友人のクリステルの結婚式が近いし、王太子殿下の即位も来年に控えている。歳の離れた妹も、最近は鞭の扱いが上手になった。物語の強制力が、余計なことをしなくて良かったわ。妹の存在が消えるかもしれないもの。
「レティ、愛している」
「知ってるわ」
答えながら、ヤンデレ攻略対象だった夫を見上げる。黒髪の美形で厄介な性癖がある、狂犬。
あなたを愛してる、前世からよ? タカシ兄さん。記憶が戻ったのは、絶対に教えてあげない。
The END or……?
*********************
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました(o´-ω-)o)ペコッ
こちら、新作です。完結しています。よろしければご賞味くださいσ(*´∀`*)ニコッ☆
【完結】残酷な現実はお伽噺ではないのよ
初の一万文字以内の短編です(*ノωノ)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/470462601/538707891
腹痛から回復した時点で、ラピヨン子爵家は貴族名鑑から消えていた。お父様ったら対応が早すぎるわ。呆れ半分で朝食の話題に出したら、シルも絡んでいたことが判明する。そのお仕置きを兼ねて、シルにも鞭を入れておいた。勝手に散歩する飼い犬は、手を噛みそうで嫌なのよ。
明日は第一王子アルフォンスが王太子として確定する。夜会をするらしいが、私の体調不良を理由に欠席の通知を出した。面倒なのよ。腹痛は治まったけど、怠いし。万が一、夜会のドレスが赤く染まったら事件でしょう。
「シル一人で出てもいいのよ?」
「レティの隣がいい」
代わりにルーベル公爵夫妻が出席する。ときどき忘れそうになるけど、シルはまだ爵位を継承していなかったわ。招待状は公爵夫妻と、私達の双方へ送られた。アルフォンス王子としては、何か思惑があるのかしら。
単にエルネストの王籍剥奪に成功したから、はしゃいでるのかも。第二王子だったエルネストは、ラピヨン子爵の後釜に据えられた。二度と王族を名乗れない。正妃も同じく、子爵領で幽閉となった。私が考えるより軽い処罰だけど、軟弱で優柔不断の国王にしては頑張った方ね。
「難しいことを考えているね? レティ」
「そうでもないわ。夫婦生活をどうしようか、迷ってるだけ」
国王陛下の思惑も、継承権争いも関係ない。私が望むのは、目の前にいるシルが私を殺さないこと。ここまで愛されたら、浮気でもしない限り大丈夫そうね。
するりと腕を絡めて、シルに抱きつく。手にしていた鞭を放り投げた。さっとロザリーが拾うあたり、あの子は優秀ね。マノンの指示で、罪人が牢へ戻された。今日の調教……じゃなかった、運動は終わりにしましょう。
「俺に身を任せてくれる気になった?」
「そうね……考えてあげるわ」
抱き上げたシルに身を任せ、自室へ戻る。痛みが消えても、怠さと貧血はそのままだった。ベッドに横たえられ、上に被さる夫の鼻をぱちんと指で弾く。
「っ、レティ?」
「忘れたの? まだ無理よ。明後日以降ね」
「夜会の日だね」
にっこりと微笑むシルは、ようやくお預けが解除される見通しが立って、尻尾が全開だ。幻影が見えるほど喜んでいた。水を差すのもなんだし、シルのことは好きだからいいけど。
「言っておくけど、私を抱いたら二度と他の女に触れられないわよ?」
浮気したら、アレを潰すわ。冗談じゃなく、出会った夜に見たでしょう? 微笑んで返答を待てば、青ざめてぶるりと震えたシルが頷く。浮気する気はなくても、想像だけで痛いと呟いた。前世も今生も女だからわからないけどね。そういうものなの?
「俺は一生、レティ一筋だ。死んでも来世も追いかける」
異世界にだって追いかけたんだ。そんな意味不明の言葉はスルーして、私は微笑んだ。
「じゃあいいわ。夜会の日に、準備していらっしゃい」
あくまでも上から許しを与える。目を輝かせるシルの重さと温もりを感じながら、悪くないと苦笑いした。ここまで私を愛する男はいない。
王位継承権は片付き、ヒロインは物語に介入しない。強制力もシナリオも行方不明で、私を狙う愚者も処分した。残るのは貴族の跡取り問題のみ。
「愛しているわ、シル」
「レティ! 俺も、愛してる。誰でもない君だけを愛し続ける」
監禁癖のある男にここまで許したら、きっと閉じ込められてしまう。それでいいと思うあたり、私も壊れてるわね。柔らかな黒髪を手で撫でながら、明後日を楽しみにする自分を見ないフリでやり過ごした。
「レティ、ありがとう」
乱れた荒い呼吸を整える私は、酸欠で朦朧としながら微笑んだ。生まれた娘を抱くシルは、後ろのマノンへ赤子を渡す。ようやく生まれたわ。半日近いお産が終わり、私はシルの手をしっかり握り締めた。
「シル」
「うん、レティ」
先に感動して泣くなんて、夫失格よ。私が泣けないじゃない。孫が生まれたら、なんとしても爵位を押しつけ、自由時間を孫と過ごしたいと力説した公爵夫妻が、大泣きしていた。誰も彼も、私より先に泣くなんて。
この子が大きくなったら、鞭の使い方や暗器の扱いを教えなくちゃ。ルーベル公爵令嬢で、シモン侯爵家の血を引くんだもの。まだまだやることはたくさんあるわ。
友人のクリステルの結婚式が近いし、王太子殿下の即位も来年に控えている。歳の離れた妹も、最近は鞭の扱いが上手になった。物語の強制力が、余計なことをしなくて良かったわ。妹の存在が消えるかもしれないもの。
「レティ、愛している」
「知ってるわ」
答えながら、ヤンデレ攻略対象だった夫を見上げる。黒髪の美形で厄介な性癖がある、狂犬。
あなたを愛してる、前世からよ? タカシ兄さん。記憶が戻ったのは、絶対に教えてあげない。
The END or……?
*********************
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました(o´-ω-)o)ペコッ
こちら、新作です。完結しています。よろしければご賞味くださいσ(*´∀`*)ニコッ☆
【完結】残酷な現実はお伽噺ではないのよ
初の一万文字以内の短編です(*ノωノ)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/470462601/538707891
36
お気に入りに追加
1,214
あなたにおすすめの小説
ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です
乙女ゲームの悪役令嬢は生れかわる
レラン
恋愛
前世でプレーした。乙女ゲーム内に召喚転生させられた主人公。
すでに危機的状況の悪役令嬢に転生してしまい、ゲームに関わらないようにしていると、まさかのチート発覚!?
私は平穏な暮らしを求めただけだっだのに‥‥ふふふ‥‥‥チートがあるなら最大限活用してやる!!
そう意気込みのやりたい放題の、元悪役令嬢の日常。
⚠︎語彙力崩壊してます⚠︎
⚠︎誤字多発です⚠︎
⚠︎話の内容が薄っぺらです⚠︎
⚠︎ざまぁは、結構後になってしまいます⚠︎
婚約破棄したい悪役令嬢と呪われたヤンデレ王子
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「フレデリック殿下、私が十七歳になったときに殿下の運命の方が現れるので安心して下さい」と婚約者は嬉々として自分の婚約破棄を語る。
それを阻止すべくフレデリックは婚約者のレティシアに愛を囁き、退路を断っていく。
そしてレティシアが十七歳に、フレデリックは真実を語る。
※王子目線です。
※一途で健全?なヤンデレ
※ざまああり。
※なろう、カクヨムにも掲載
長女は悪役、三女はヒロイン、次女の私はただのモブ
藤白
恋愛
前世は吉原美琴。普通の女子大生で日本人。
そんな私が転生したのは三人姉妹の侯爵家次女…なんと『Cage~あなたの腕の中で~』って言うヤンデレ系乙女ゲームの世界でした!
どうにかしてこの目で乙女ゲームを見届け…って、このゲーム確か悪役令嬢とヒロインは異母姉妹で…私のお姉様と妹では!?
えっ、ちょっと待った!それって、私が死んだ確執から姉妹仲が悪くなるんだよね…?
死にたくない!けど乙女ゲームは見たい!
どうしよう!
◯閑話はちょいちょい挟みます
◯書きながらストーリーを考えているのでおかしいところがあれば教えてください!
◯11/20 名前の表記を少し変更
◯11/24 [13] 罵りの言葉を少し変更
そして乙女ゲームは始まらなかった
お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。
一体私は何をしたらいいのでしょうか?
悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!
神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう.......
だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!?
全8話完結 完結保証!!
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない
高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。
王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。
最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。
あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……!
積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ!
※王太子の愛が重いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる