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33.俺の大切なお姫様だ――SIDEシル

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 何度も自分から言おうとした。気づいて欲しい、でも気づかれたくない。相反する気持ちが口を重くする。

 大切なお姫様だ。前世でも守った。あの日のことは今も忘れられない記憶だ。出会いは両親の交流だった。母の親友の娘ヒメミに、俺は一目惚れする。可愛くて愛おしくて、常に見守るために大学も変更した。都会の専門学校を選んだヒメミを守るため、俺も近くの大学に通う。

 有名大学のひとつだったので、両親も反対しなかった。大学の授業は最低限こなし、空いた時間のすべてをヒメミのために費やした。彼女の欲しがった限定品を手に入れ、望むイベントのチケットを予約した。

 幸いにして俺は親達の信頼が厚い。地元の名士の跡取りで、見た目も悪くない。ヒメミも俺に好意的だった。一人暮らしの彼女の面倒を見てあげるよう言われ、彼女の母親から部屋の鍵をもらう。これが一つのきっかけだった。

 初めて足を踏み入れた彼女のアパートが、魅力的過ぎたのだ。落ちた髪を拾い、交換した歯ブラシをコレクションし、彼女の捨てたゴミを確認した。好みを把握し、徐々に距離を詰める。世間ではストーカーと呼ぶらしいが、俺は彼女を守る騎士だ。

 いつも通り尾行する俺は、周囲の異変に気づくのが遅れた。夢中になってヒメミを見ていたせいだろう。前方からナイフを翳して駆け寄る不審者に、ヒメミが甲高い悲鳴をあげた。背を向けて逃げ出した彼女の背に、振り上げられた銀の凶刃が迫る。

「危ない!」

 咄嗟に飛び出し、彼女の手を掴んで抱き締めた。間に合わず、ヒメミの肩を刃が掠める。ぱっと赤い血が散った。

「痛っ、タカシ、兄さん?」

「すぐに逃げるんだ」

 彼女を背に庇った俺は、かなり頑張ったと思う。すぐに到着すると踏んだ警察は姿もなく、あっという間に全身が痛みと血で覆われた。がくりと膝をついた俺は、殺されるだろう。それでも満足していた。

 大切なヒメミを守れたから。これからを見守れないのは残念だが……。俺が思うより彼女は強かった。少し離れた店舗から拝借した傘を手に、俺を助けようと走ってくる。ダメだ。そう叫んだ声は悲鳴に変わった。目の前で傷つけられたヒメミを抱き締め、全身で包む。

 背中に、脇腹に、激痛と衝撃が走った。それでも両手は緩めない。腕の中で痛みに泣く彼女を、これ以上傷つけさせないために。

 記憶はそこで途切れる。目が覚めた時、俺は世界も器も変わっていた。見慣れた黒髪なのに青い瞳、何より年齢が幼い。10歳前後か。異世界に転生の小説は、ヒメミの部屋でいくつか読んだ。彼女の好みなのか、時折強烈な内容の小説もあったが。

 貴族階級に馴染みがない日本人としての違和感より、居心地の良さに環境へ順応した。権力と財力で、人を思うがままに扱うことが可能な世界だ。あの通り魔事件で俺が死んだなら、ヒメミは助かっただろうか。

 もし彼女が亡くなっていたら、同じ世界にくる可能性が高い。婚約者を作らず、ヒメミを探し続けた。その甲斐あって、裏路地で見つける。眩しい素足を晒して、俺を魅了した。

 シモン侯爵令嬢レオンティーヌは、俺の大切なヒメミだ。俺が間違うはずはない。ようやく手に入れたのだ。二度と離さない。記憶はなくて構わなかった。新しく思い出を重ねていこう。

 ――前世から、愛してるよ。
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