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30.お茶会成功だけど、何も進展しなかった

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 前世の話より気になったピンクドレス問題は、夫に相談することにした。うん、それが一番早く解決する。仕立て屋が一軒、王都から消えるかも知れないけど。私は直接関わらないことにする。支払いは私だけど、元を辿れば公爵家から出たお金だもの。これは正しい選択よ。

 互いに名前で呼び合う約束をして、私はお茶菓子を勧めながら本題に入った。

「ねえ、クリステル。『黒薔薇をあなたに捧ぐ』は小説しか知らないのよね?」

「はい。あの……サヤカって呼んでもらえませんか」

「いいけど。サヤカ、ちゃん?」

 迷って呼び捨てをやめたら、いきなり目が潤んで涙が零れた。泣き出したクリステルに驚いていると、彼女は取り出したハンカチで目元を押さえる。ずずっと鼻を啜り、お礼を言った。

「ずっと、誰もサヤカって呼んでくれる人がいなくて……寂しかったんです」

 分かりますよね? というニュアンスがこもった期待の眼差しに、曖昧に頷く。だって、私は前世がぼんやりしてて、そういう寂しさは覚えなかった。幸いにも本物のレオンティーヌの記憶が残ってるし、なんら不自由なく溶け込んじゃったんだもの。この変態ばかりの世界でも、違和感が仕事しない。

「シナリオや強制力を感じたことはある?」

「いいえ。記憶があるので、王子様の名前とかは調べました。でも出会うはずの学院に誰もいなくて、安心しました。前世で読んだ別の小説では、無理やり悪役令嬢の役目をさせられたりする話がありましたから」

「そうよね、おかしいのよ。強制力やシナリオの力が働けば、全員が何らかの理由で無理やり学院へ集められたはずなの。全員いないなんて、逆に作為を感じるわ」

 二人で唸って考えてみるが、何も思い浮かばなかった。心当たりがないのだ。二年前に突然この世界に来たクリステルの方が先輩で、私なんて転生後1ヵ月も経っていない。何もわからなかった。

「レティ、楽しんでいるかい?」

「あ、ヤンデレ公爵……」

 顔を見せたシルヴァンを見るなり、青ざめたクリステルがぼそっと呟く。そう呼んでたのね……まあ間違ってないから否定できないけど。シルは私しか見ておらず、当たり前のように私を椅子の後ろから抱き締める。首筋に顔を埋めて、すうっと深呼吸した。たぶん、クリステルの声は聞こえてない。

「シル、人前よ。クリステルはまだ未婚なの、刺激が強すぎるわ」

 主に変態の刺激がね、強烈過ぎて怯えちゃうじゃない。そう伝えたのに、クリステルの反応は真逆だった。素敵と頬を赤く染める。もしかして、シルヴァンを引き取ってもらえるのでは? ちょっと期待を込めて彼女を観察した。

「素敵すぎるわ、黒薔薇のヤンデレ夫妻が目の前でイチャついてるなんて……眼福。この世界に来てよかったと思ったの、初めてかも」

 シルは彼女の言葉に興味を覚えたらしい。黒薔薇など意味不明の単語は混じっているが、妻と自分を褒められたと認識した。

「俺とレティの話か?」

「あ、はい。失礼しました。でも本当にお似合いです!」

「……妻が屋敷に招く友人は限られている。是非とも仲良くしてやってくれ」

 社交用の笑みでクリステルに愛想を振りまく。シルヴァンの「危険人物リスト」から除外されたみたい。今後も安心してクリステルを呼べるのはいいけど、変な方向で意気投合してる気がした。私の周囲にまともな人っていないわね。
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