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第29章 魔の森の大祭

519.大きな事故でなくて良かった

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 ベールは「無礼だ」と口にしなかった。両親がここまで心配するのも理解できる。何より原因は目の前の魔王にあるからだ。彼が普段から威厳や威圧を振り翳す魔王なら、肩や頭に乗る選択肢はなかった。

 親しみを感じている証拠なので、今回は見逃そう。ベールの小さな溜め息がそう告げていた。

 一方のルシファーは、リスの子の蘇生に夢中だった。呼吸も心音も問題ないのに、どうして起きないのか。治癒を施してもいいか両親に尋ね、重ね掛けした。小さな目がぱちりと開き、ルシファーを見て閉じる。ダメかと肩を落とし、油断したタイミングで子リスが飛び起きた。

 そのままルシファーの肩を駆け上り、逃げようとして途中で止まる。目の前に両親がいるからだ。甲高い鳴き声で無事を確かめる親に、同じように鳴いて答える子リス。感動的なシーンが、ルシファーの頭の上で繰り広げられていた。

「ああ、その……いい場面で邪魔して悪いんだが」

 リスは耳がいいので、小声で話しかけた。

「オレの頭から降りて、手のひらでやってくれないか?」

 あたふたしながら両親が降りると、素直に子リスも従った。親に「この魔王様が助けてくれたんだ」と伝えられたようで、ぺこりと頭を下げる。

 鱗を持つ種族は会話が出来なかったので、近くにいた別の魔獣を呼び寄せた。ところが、協力する鹿も人の発音は無理だ。あれこれ考えて、ヤンを連れてくれば良かったと唸る。現在、魔王妃の護衛をするヤンを呼ぶのは……諦め掛けた時、ベールを追いかけて来たルキフェルが、ふわりと降り立った。

 いつもなら転移を使うのに、珍しく竜化して飛んできたらしい。

「散歩だよ。そしたらベールの気配がするから」

 魔力の感知と思われる。ルシファーの方が魔力も大きく、より発見しやすかったはずだが、言及されなかった。本当に仲のいい二人だ。

「通訳しようか」

 事情を聞くなり、ルキフェルはリスの親子をルシファーから受け取った。どこから出るのか首を傾げるような音や、喉を鳴らす音を交えて会話が始まる。

「魔獣はルキフェルの担当だったな」

「ルシファーも昔は話せたって聞いたけど?」

「オレのは魔力で変換型だ」

 相手の魔力でおおよその会話を読み取っているだけ。実際の発音は難しい。そう逃げたが、実際のところ……寝起きでぼんやりして対応できていなかった。そんなこと、ベールの前で白状できるわけがない。

 察しているだろうに、ベールは特に何も指摘しなかった。叩き起こしたのも事実だし、この程度の救出なら自分でも出来た。バツの悪さで目を逸らす。

「ふーん。まあ、いいけど」

 興味なさそうに切り上げたルキフェルは、リスから聞いた事情を説明し始めた。

 お祭りに浮かれ、父リスはお酒が過ぎたらしい。朝起きられなかった。母リスと木の実を採りに来て、うっかりこの沼の近くまで入り込む。他種族が休む様子に慌てた母リスが呼び戻すと、慌てた子リスが落ちた。

 自力での救出を諦め、泥浴びをするリザードマンに助けを求めるも……言葉が通じなかった。そこで夫である父リスを通じて、話せる魔獣経由で助力を頼む。ドラゴン達は自分達で探し始め、すぐに魔王城へ救援要請を出した。

 流れは掴めた。誰かが悪い話でもないので、ルシファーはそれぞれに言い渡した。

「リスの親子はゆっくり祭りを楽しむこと。リザードマンやドラゴンなど、協力してくれた皆には……オレからとっておきの酒とツマミを提供する。無礼講だ!」

 収納から出した褒美に、彼らは大喜びだった。リスの家族も、ツマミに入っていたナッツを分けてもらう。

「大きな事故じゃなくて良かったな」

「陛下、ちょっとこちらへ」

 ベールに手招きされたルシファーは、びくりと首を竦めた。
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