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第27章 春の芽吹き

477.囮作戦は決行前に頓挫する

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 ルシファーに心当たりがないのは、承知している。目撃された時刻に、別の場所にいた証言も取れた。だが、それでも捜査は公平を期すべきだろう。

「お分かりですか? ルシファー様が潔白であると証明されるまで、あなたは容疑者です。捜査の内容を知らせるわけにいきません」

「……なるほど」

 アリバイが成立していようと、目撃者の話を無視するわけにいかない。となれば、解決まで魔王が介入しない方がいいだろう。きちんと説明されれば納得できる話だった。

「なぜ隠したんだ?」

「では逆にお聞きします。ルシファー様そっくりの偽者が現れ、魔族の民に危害を加えていると聞いたら……?」

「そりゃ飛び出すだろ」

「ですから、黙っておりました」

 無言でお茶菓子を口に放り込むベルゼビュートは、目が合うと逸らした。つまり彼女も異論はないらしい。話を聞いたら飛び出すと本人が断言した通り、その反応を危惧されたのだ。

「お願いですから動かないでください。現在、囮作戦を計画しています」

「囮は……」

「魔王軍の精鋭から選びました」

 拐われても自力で逃げられます。そう断言するアスタロトに、頬張ったお菓子を飲み込んだベルゼビュートが首を傾げた。

「狙ってくれなかったらどうするのよ」

 目を見開くアスタロトに、精霊女王はさらに続けた。

「魔王軍の精鋭なら見た目も強そうだし、犯人のタイプじゃない可能性もあるわ」

「…………そうですね」

 その可能性は考慮されなかったらしい。誰彼構わず拐われるならいいが、条件があるかもしれない。選んだ囮に食い付かなければ、囮作戦は破綻だった。

 今までの行方不明者は、細身で尻尾の立派な者ばかり。四人は女性だ。囮役の犬獣人の青年は、尻尾が短く毛が硬い。何より鍛えていてゴツかった。

「事前に調べるべきでした」

 指摘したベルゼビュートは勝ち誇るでもなく、真剣に考え込んだ。

「大きな尻尾の獣人、拐われやすい細身の……女性」

 ノックもなしに扉を開け、リリスが手を振る。振り返しながら、ルシファーは首を傾げた。突然、どうしたのか。

「ルカのこと?」

 口を挟むリリスに、ルシファーが慌てる。ルーサルカを可愛がるアスタロトの前で、なんと危険な発言か。

「リリス、部屋に戻ろう」

「いやよ」

「イヴとシャイターンが待ってるぞ」

「学校と保育所の時間なの」

 リリスはさらりと反論し、ソファーに陣取った。ベルゼビュートの前に置かれた皿から、焼き菓子を摘む。

「どこから聞いていましたか?」

「ほぼ全てね。ルカがいいと思うの。条件に合うし、拐われてもアシュタが影で追えるから」

 もぐもぐ咀嚼しながら、リリスは怖いもの知らずな発言を続けた。無言になったアスタロトの反応が怖い。

「ですが、危険です」

「ルカはアシュタが思うより強いわ。それとも守り切る自信がないのかしら」

 ついには挑発を始めた。無表情のアスタロトが、くしゃりと金髪をかき乱す。

「発案はルカですね?」

「ええ。相談してもらえなくて、寂しいんですって」

 ルーサルカに頼まれて進言に来たリリスと、複雑な感情を整理するアスタロト。

「挑発には乗りませんが、ルカと話し合います」

「それでいいわ」

 執務室を後にするアスタロトを見送り、ルシファーは安堵の息を吐いた。

「危険よ」

 ベルゼビュートの発言に、ルシファーは「アスタロトにルーサルカ絡みの発言は危険」の意味で、大きく同意する。だが、リリスは違った。「囮は危険」と受け取ったのだ。

「アシュタが守るもの、平気よ」

 にっこり笑うリリスの姿に、ルシファーは苦笑いした。これは敵わない。
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