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第27章 春の芽吹き
469.伝え損ねた大事な一文
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ベールが用意した原稿を手に、全く上の空で別の話をして戻ってきた。ルシファーの視線は、愛娘イヴに釘付けである。
「陛下、何のために原稿を用意したと思っているのですか」
「間違わないためだろ」
「わかっていて読まなかった、と?」
問い詰められて、きょとんとした顔で首を傾げる。何か問題があっただろうか。魔王の「努力は必ず身になるから、頑張るように」という訓示は盛大な拍手で締め括られた。何がいけないのか。
「ベール、ルシファー様に理解できるはずがありません。諦めてください」
めちゃくちゃ馬鹿にされたのは理解した。ルシファーの顔がしかめられる。
「間違ったことは言わなかったぞ」
「大事な発言が抜けていました!」
ベールの指さす先を確認し、左手にぎゅっと握りしめた原稿に気づく。そういえば、先ほど渡されたっけ。ここでようやく原稿を開いて読み始め、はっとする。
「今年から休日が増えたのか?」
「そこではありません、次のページです」
ぺらりと捲り、伝え損ねた文面を読んだ。
「新しい学校の創設に関する……募集要項?」
今回、ほとんどの種族が出席していた。即位記念祭の前に到来したチャンスを活かすべく、ベールは挨拶の原稿を練った。魔王ルシファーが読み上げれば、誰もが従う。問題は一気に解決するはずだったのに……この娘バカが!!
ベールの怒りに満ちた視線にたじろぐが、ルシファーは持ち堪える。ここで情けない姿を見せるわけにいかない。よく分からない意地が炸裂した。まったくもって、意味がない。
「ベールが伝えればいいじゃないか」
「そういう問題ではないのです。陛下は国のトップでしょう。あなた様が伝えることで、より応募が増えるはずでした」
「確証はない。だから……」
お前が言っても同じ。そう続けるはずの言葉を、本能的な恐怖でルシファーは飲み込んだ。ベールの頭の上のツノが増えている。あれは本性に戻る兆候だった。
分かりやすく表現するなら、キレかけている。ベールの怖さを思い出し、ルシファーは目を逸らした。野生の獣はこれで戦闘の意思なしと判断してくれるが、怒り心頭のベールには通用しない。
にょきっと増えたツノが、さらに大きくなって枝を増やす。これは本気でヤバい。
「落ち着いてください、ベール。頭に来るのは分かりますが、この際……責任を取らせましょう。ルシファー様に新しい教師を集めさせれば、結果は同じです」
随分と扱いが酷いな。むっとしながら助けを探すが、ベルゼビュートは巻毛の毛先を摘み、俯いて枝毛探しを始めた。ルキフェルは本を読んでいて、こちらに視線を向けようともしない。
「……教師を集めてくる」
仕方ない、譲歩すべきはこちらだろう。ルシファーはぼそりと約束を口にした。言ったからには結果を伴う義務がある。まだ派手なツノを出しっぱなしのベールから視線を逸らし、ルシファーは溜め息をついた。
「オレ、魔王やめたい」
数万回、口にした本音である。誰でもいい。魔王チャレンジで玉座を奪ってくれないか。そう思う反面、自分より民を優先する者でなければ、いくら強くても魔王の座は譲れないと思う。
なんだかんだ言っても、素質はあるルシファーだった。魔の森リリンが選び、想いを込めて生み出した傑作――魔王交代は叶いそうにない。
「ところで、何の教師を探しているのか。後で教えてくれ」
こそっとアスタロトに囁き、苦笑いしながら、その場で返答される。
「全部の教科です。すべて足りません」
「……そうか」
学校を増やす計画の先行き不透明さに慄く間に、入学式は終わった。新入生は上級生に誘導され、教室へ向かう。その後ろ姿は楽しそうで、周囲は温かく見守った。
「陛下、何のために原稿を用意したと思っているのですか」
「間違わないためだろ」
「わかっていて読まなかった、と?」
問い詰められて、きょとんとした顔で首を傾げる。何か問題があっただろうか。魔王の「努力は必ず身になるから、頑張るように」という訓示は盛大な拍手で締め括られた。何がいけないのか。
「ベール、ルシファー様に理解できるはずがありません。諦めてください」
めちゃくちゃ馬鹿にされたのは理解した。ルシファーの顔がしかめられる。
「間違ったことは言わなかったぞ」
「大事な発言が抜けていました!」
ベールの指さす先を確認し、左手にぎゅっと握りしめた原稿に気づく。そういえば、先ほど渡されたっけ。ここでようやく原稿を開いて読み始め、はっとする。
「今年から休日が増えたのか?」
「そこではありません、次のページです」
ぺらりと捲り、伝え損ねた文面を読んだ。
「新しい学校の創設に関する……募集要項?」
今回、ほとんどの種族が出席していた。即位記念祭の前に到来したチャンスを活かすべく、ベールは挨拶の原稿を練った。魔王ルシファーが読み上げれば、誰もが従う。問題は一気に解決するはずだったのに……この娘バカが!!
ベールの怒りに満ちた視線にたじろぐが、ルシファーは持ち堪える。ここで情けない姿を見せるわけにいかない。よく分からない意地が炸裂した。まったくもって、意味がない。
「ベールが伝えればいいじゃないか」
「そういう問題ではないのです。陛下は国のトップでしょう。あなた様が伝えることで、より応募が増えるはずでした」
「確証はない。だから……」
お前が言っても同じ。そう続けるはずの言葉を、本能的な恐怖でルシファーは飲み込んだ。ベールの頭の上のツノが増えている。あれは本性に戻る兆候だった。
分かりやすく表現するなら、キレかけている。ベールの怖さを思い出し、ルシファーは目を逸らした。野生の獣はこれで戦闘の意思なしと判断してくれるが、怒り心頭のベールには通用しない。
にょきっと増えたツノが、さらに大きくなって枝を増やす。これは本気でヤバい。
「落ち着いてください、ベール。頭に来るのは分かりますが、この際……責任を取らせましょう。ルシファー様に新しい教師を集めさせれば、結果は同じです」
随分と扱いが酷いな。むっとしながら助けを探すが、ベルゼビュートは巻毛の毛先を摘み、俯いて枝毛探しを始めた。ルキフェルは本を読んでいて、こちらに視線を向けようともしない。
「……教師を集めてくる」
仕方ない、譲歩すべきはこちらだろう。ルシファーはぼそりと約束を口にした。言ったからには結果を伴う義務がある。まだ派手なツノを出しっぱなしのベールから視線を逸らし、ルシファーは溜め息をついた。
「オレ、魔王やめたい」
数万回、口にした本音である。誰でもいい。魔王チャレンジで玉座を奪ってくれないか。そう思う反面、自分より民を優先する者でなければ、いくら強くても魔王の座は譲れないと思う。
なんだかんだ言っても、素質はあるルシファーだった。魔の森リリンが選び、想いを込めて生み出した傑作――魔王交代は叶いそうにない。
「ところで、何の教師を探しているのか。後で教えてくれ」
こそっとアスタロトに囁き、苦笑いしながら、その場で返答される。
「全部の教科です。すべて足りません」
「……そうか」
学校を増やす計画の先行き不透明さに慄く間に、入学式は終わった。新入生は上級生に誘導され、教室へ向かう。その後ろ姿は楽しそうで、周囲は温かく見守った。
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