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第20章 子どもが増える理由

385.取り上げられる痛みを知る

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 力のある種族が、自分勝手な振る舞いをしたらどうなるか。世界は強者と怯える弱者に分たれてしまう。それは悪いことだ。強者は弱者を守るために存在し、弱者は強者を支える。互いに得意な部門が違うだけの話だ。

 戦うことに特化すれば強者に分類されるが、状況によっては弱く見える種族が最強になる。この辺は長く生きれば経験し、自然と理解できる話だった。

 問題は目の前にいるイヴに、その経験も年月も理解も追いついていない現実だ。はぁ、溜め息を吐いたルシファーは考えた。イヴになんとか世界の仕組みを理解させたい。もしイヴが守られるだけの弱者だったら、理解なんて後回しにしただろう。

 彼女が強者に分類される魔王種だから、理解させる必要があった。深く考えずに力を振るい、誰かを傷つける前に。傷つけた誰かを見て、己の心に傷を負う前に。教育は親の役目なのだ。

「イヴに白い獣を諦めさせる方法……」

「簡単よ」

 真剣に悩む父親に、母親は能天気に言い放った。

「イヴから取り上げてしまえばいいの」

 きょとんとした顔で説明を求める夫へ、妻は根気強く説明した。イヴはなんでも手に入る。少なくとも今まではそうだった。魔王の子に生まれ、生活も不自由しないし、両親が不在でも面倒を見てくれる侍女達がいる。イヴは不自由を知らなかった。

「皆に手出し無用を連絡して、私とルシファーは隠れてしまうの。最低限のご飯は与えるけど、それ以外は放置よ。半日ももたないわ」

 断言するリリスの根拠は「だって昔の私なら我慢できないもの」という信頼性の高い情報だった。リリスによく似た性格で、同じようにルシファーに甘やかされて育った。イヴが同じ反応を見せる可能性は高い。

「試してみよう」

 念の為にアスタロトへ協力要請を行った。本当に危険な目に遭わせたいわけではないので、昼間は執務室に置く。ルシファー不在で、アスタロトしか居ない執務室。イヴが我が侭を口にしても、アスタロトは平然と無視出来ると判断した。

「構いませんよ。聞こえなくしますから」

 コウモリの特徴を兼ね備える吸血種は、他の種族に聞こえない特殊な音域で会話が可能だった。その能力を逆に利用すると、不要な音を一時的に遮断できる。

 時間が経つほど迷いが生まれるので、決行は翌朝に決まった。早朝、ベッドにイヴを残してルシファー達は客間へ移動する。目が覚めて大泣きする声に反応するが、名を呼ばれても我慢した。だが呼んでも両親が来ないと気づいたイヴは、意外な反応を見せる。

 侍女が運んできた食事から果物を選んで食べ散らかし、アスタロトと手を繋いで執務室へ向かう。放り出されても、勝手におもちゃを引っ張り出して遊び始めた。堪えた様子が全くないことに、ルシファーとリリスは顔を見合わせる。

 好き勝手に散らして遊び、おもちゃに埋もれて昼寝をした。イヴは一人を満喫している。思惑が外れて、ルシファー達は大きく肩を落とした。だがやはり子どもである。変化は突然だった。

 夕暮れが近づく窓の外に目をやるイヴは、突然「うわぁあああ!」と声をあげて泣き始めた。ヤンがいると慰めてしまうため、彼は今日欠勤を言い渡して遠ざけた。そのため慰める者が居ないイヴは、泣きながら廊下に出る。見守るが手を出さない侍女達の間を歩き、自分で寝室がある扉まで戻った。

 開けてもらって中に入り、パッパ、ママと探し回る。すごく悪いことをした気分で姿を現せば、抱き付いてボロボロ泣いた。

「家族から引き離されるのは、こんなに嫌なことだ。だから白い獣を家族から奪うのはダメだぞ」

 当初の予定通り説教するが、イヴは聞いていない。指を咥えて唇を尖らせ、不貞腐れた顔で睨むだけだった。

「理解できないなら、もう一度……」

「白いの、いらない」

 リリスの呟きに反応し、イヴは首を横に振った。両親がいなくなるなら、白い獣は要らない。諦めさせる説得方法を間違えた気がする。ルシファーは反省しきりだが、けろりとリリスは指摘した。

「イヴは理解してないわ。きっとまたやるわよ」

 不吉な予言は、かなり先の未来で現実になるのだが……この時のルシファーは信じていなかった。
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