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第17章 4歳の特別なお祝い
314.どちらも悪くない、行き違い
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灰色魔狼の子でも、次のセーレを名乗れるのは長子だけだ。ここに性別の区別はない。実際、3代目のセーレは雌だった。7代目を継承するヤンも、当時はまだ幼い子狼に過ぎない。外見が牛サイズの巨体で、太って丸々としていても……。
誇り高い魔狼は、侮辱や不正を許さない。ヤンもそう教えられて育ち、父狼の教えを忠実に守った。自分が侮辱されたくなければ、他者を侮辱しない。ごく当たり前に思えるこのルールは、ヤンの中でひとつの戒めでもあった。大切な教えなのだ。
魔獣は人型の種族と違い、言葉で会話を行わない。大人になり上位種に変化すれば、念話や人の言葉を操ることも可能になった。だが幼いヤンにその技術はない。2歳を無事に迎えたことで、両親や他の狼にお祝いされてご機嫌だった。
魔王城でのお披露目に参加することで、4歳児のお祝いを先に済ませる。そう聞いて、まだ2歳なのに参加できることを誇らしく思った。フェンリルは森の王者と呼ばれる種族であり、魔の森を守る守護者の役目もある。誰もが褒めてくれると考えた。
即位記念祭のお披露目が終われば、若い魔狼と共に魔王城の周囲で群れを作る。そこで魔王陛下の治世を学び、立派な雄の成獣として領地を継ぐのだ。貴族でもあるフェンリルの長子ヤンは、両親とともに森を駆け抜けた。
飛ぶように走る両親を追って、必死についていく。魔族は長寿なので「まだ2歳」と考えるかも知れないが、魔獣にとっては「もう2歳」だ。種族によっては独立して巣を作り、子を産む年齢だった。泣き言を言わず一生懸命追う息子に、父狼は速度を緩めない。魔王城周辺の群れを束ねる者が、この程度でへこたれては困ると考えたのだろう。
森を抜けた先に広がる草原と、立派な白銀の城に圧倒される。明らかに強い魔力が、いくつも城から感じられた。ぶるりと身震いする。城の周辺はすでに魔族の一部がテントを張り、場所取りを始めていた。その間を抜けて、魔狼が集まる一角へ辿り着く。
同族の若い雄が顔を合わせ、互いの臭いを確かめてから順位付けを始めた。強い魔力と優秀な血筋、何より強者として同族を率いる覚悟。様々な要素を踏まえ、ヤンは若い同族の頂点に立った。誇らしげな両親に促され、即位記念祭に参加する。
様々な種族と触れ合い、見識を広める。それもまた辺境を守るフェンリルに必要な経験だった。幼い魔族の子らを集め、魔王が祝福を授ける。そのイベントの最中に、事件は起きた。
同族を率いて並んだヤンの前に、ハルピュイアの子が割り込む。後ろへ並べと鼻を鳴らして促すも、首を傾げて無視された。ハルピュイアは両腕が翼だが、本体は人型をしている。言葉を話さない魔獣と意思の疎通ができなかったのだ。
ヤンはそんな事情を知らず、馬鹿にされたと憤った。大きな呻き声をあげて威嚇すると、親らしきハルピュイアが間に入る。揉める両者に気づいたアスタロトが介入する直前、吠えたヤンが親に噛み付いたのだ。
噛むつもりはなかったのだろう。噛んだ当人が一番驚いて固まったのだから。それでも加害した事実は覆らない。アスタロトに仕置きされそうになったヤンを、ルシファーは庇った。
「まあ、待て。両者の話を聞いてからにしろ」
過去の苦い経験を思い出し、アスタロトも引く。事情を説明され、ハルピュイアの親はすぐに謝罪した。割り込んだ事実を理解していなかった子も、一緒に。そうなれば、ヤンも強情を張る理由がない。
「悪かった」
素直に頭を下げ、傷つけた羽を舐める。精一杯の謝罪で和解は成立し、ルシファーの治癒でハルピュイアの親の傷は消えた。
ここまで話したルシファーは、微笑んで上掛けを引っ張る。イヴもリリスも目を閉じて、眠っていた。久しぶりの記憶に、ルシファーは口元を緩める。
明日、イヴが騒動に巻き込まれないように。そう願いを込めて、二人の額にキスをした。
誇り高い魔狼は、侮辱や不正を許さない。ヤンもそう教えられて育ち、父狼の教えを忠実に守った。自分が侮辱されたくなければ、他者を侮辱しない。ごく当たり前に思えるこのルールは、ヤンの中でひとつの戒めでもあった。大切な教えなのだ。
魔獣は人型の種族と違い、言葉で会話を行わない。大人になり上位種に変化すれば、念話や人の言葉を操ることも可能になった。だが幼いヤンにその技術はない。2歳を無事に迎えたことで、両親や他の狼にお祝いされてご機嫌だった。
魔王城でのお披露目に参加することで、4歳児のお祝いを先に済ませる。そう聞いて、まだ2歳なのに参加できることを誇らしく思った。フェンリルは森の王者と呼ばれる種族であり、魔の森を守る守護者の役目もある。誰もが褒めてくれると考えた。
即位記念祭のお披露目が終われば、若い魔狼と共に魔王城の周囲で群れを作る。そこで魔王陛下の治世を学び、立派な雄の成獣として領地を継ぐのだ。貴族でもあるフェンリルの長子ヤンは、両親とともに森を駆け抜けた。
飛ぶように走る両親を追って、必死についていく。魔族は長寿なので「まだ2歳」と考えるかも知れないが、魔獣にとっては「もう2歳」だ。種族によっては独立して巣を作り、子を産む年齢だった。泣き言を言わず一生懸命追う息子に、父狼は速度を緩めない。魔王城周辺の群れを束ねる者が、この程度でへこたれては困ると考えたのだろう。
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同族の若い雄が顔を合わせ、互いの臭いを確かめてから順位付けを始めた。強い魔力と優秀な血筋、何より強者として同族を率いる覚悟。様々な要素を踏まえ、ヤンは若い同族の頂点に立った。誇らしげな両親に促され、即位記念祭に参加する。
様々な種族と触れ合い、見識を広める。それもまた辺境を守るフェンリルに必要な経験だった。幼い魔族の子らを集め、魔王が祝福を授ける。そのイベントの最中に、事件は起きた。
同族を率いて並んだヤンの前に、ハルピュイアの子が割り込む。後ろへ並べと鼻を鳴らして促すも、首を傾げて無視された。ハルピュイアは両腕が翼だが、本体は人型をしている。言葉を話さない魔獣と意思の疎通ができなかったのだ。
ヤンはそんな事情を知らず、馬鹿にされたと憤った。大きな呻き声をあげて威嚇すると、親らしきハルピュイアが間に入る。揉める両者に気づいたアスタロトが介入する直前、吠えたヤンが親に噛み付いたのだ。
噛むつもりはなかったのだろう。噛んだ当人が一番驚いて固まったのだから。それでも加害した事実は覆らない。アスタロトに仕置きされそうになったヤンを、ルシファーは庇った。
「まあ、待て。両者の話を聞いてからにしろ」
過去の苦い経験を思い出し、アスタロトも引く。事情を説明され、ハルピュイアの親はすぐに謝罪した。割り込んだ事実を理解していなかった子も、一緒に。そうなれば、ヤンも強情を張る理由がない。
「悪かった」
素直に頭を下げ、傷つけた羽を舐める。精一杯の謝罪で和解は成立し、ルシファーの治癒でハルピュイアの親の傷は消えた。
ここまで話したルシファーは、微笑んで上掛けを引っ張る。イヴもリリスも目を閉じて、眠っていた。久しぶりの記憶に、ルシファーは口元を緩める。
明日、イヴが騒動に巻き込まれないように。そう願いを込めて、二人の額にキスをした。
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