上 下
306 / 530
第17章 4歳の特別なお祝い

304.忘れていたアイツの復活

しおりを挟む
 イヴとリリスのドレスが届き、お祭りまで1ヶ月を切ったある日。青ざめたアムドゥスキアスが、執務室の窓を突き破った。正確に表現すると、彼は真っ直ぐに突進し、途中で窓に気づく。だが止まれないので魔法で粉砕し、ガラス片の中を滑空して着地したのだ。

「アドキス、窓を壊すな。ベールやアスタロトに叱られるじゃないか」

 ぶつぶつ文句を言いながら、復元魔法でガラス窓を元に戻す。テラスへ出るための扉も兼ねているので、開け閉めして蝶番の具合も確認した。問題ない。ほっとしながら振り返ったルシファーの腹へ、翡翠竜が飛びついた。

「た、大変です」

「まったくだ。お前のせいで復元魔法を使う羽目に陥った。危険だから次は廊下から入るように」

 ガラス窓を割った話だと思い、眉を寄せて注意するルシファーの腹部で、アムドゥスキアスが泣きながら首を横に振る。何か様子がおかしいと気づき、聞く姿勢をとった。といっても、腹の上にしがみついた小型ドラゴンは離れない。

「あ、邪悪なものが復活しました」

「邪悪?」

 首を傾げて、記憶を辿る。そんな二つ名をもらった奴がいたような、いなかったような。うーんと唸って、思い出した。

「ああ、いたな。そんな名前をもらった奴……えっと、邪龍だっけ」

 邪悪な龍と称される通り、彼はルシファーの治世を脅かした敵である。神龍に似た外見を持つが、特徴は竜族の方が近い。とにかく乱暴で、空を飛ぶドラゴンに対して攻撃を……。

「それです! いたんですよ、襲われかけました」

 襲われかけたけど、襲われてはいない。意味をしっかり理解して、ルシファーは続きを促す。チビ竜は大きく手を広げ、身振り手振りで説明を始めた。

「こんなに大きくて、長くて、色が黒いのに光ってて、銀のラインが入ってるんです。3本もですよ? 片目が潰れて、もう片方の目は白かったけど濁ってて」

「間違いなく、アギトだな」

 外見の特徴が一致する。2万年ほど前に戦って勝ったのは覚えているが、どう処理したっけ。

「ルシファー様、こちらの書類に署名をお願いします。急ぎです」

 文官へ振り分けた書類に混じった重要書類を回収したアスタロトが戻り、ルシファーは魔族の生き字引に尋ねることにした。

「なあ、アギトの処罰は封印だったかな」

「ええ。2万年ほど眠ってろと仰って、複雑な結界を張っていましたね。そろそろ封印の期限切れじゃないですか?」

 解放される時期だろう、とアスタロトは言い切った。それを聞いて、翡翠竜は震え始める。

「僕、出会ったんです。飛んでる僕をいきなり食べようとしたんですよ。がぶっと、ほら……ここを齧られて」

 被害を訴える翡翠竜が指差す尻尾の先、ほんのわずかな切り傷がある。よく言う「毛筋ほど」の傷だ。血が滲んでいるが、ケガと称するには浅かった。

「これ、か」

「はい。もう尻尾が千切れたかと恐ろしくて、全力で逃げました」

 誇らしげに逃げたと胸を張る姿は、とても実力で大公候補に残ったドラゴンには見えない。普段の小型サイズの上、内容があまりに情けなかった。

「なるほど。アギトが復活した……となれば、空を飛ぶ魔物を食べたのは彼ですね」

「多分な」

 曖昧にぼかしたものの、他に犯人はいない。急に魔物が減り出した時期は、憶測だが数ヶ月前だろう。その頃に結界が解けて、目を覚ました。2万年も眠ったら、さぞ腹が減っていたはずだ。手当たり次第にワイバーンやコカトリスを捕まえ、貪り食ったのはほぼ間違いない。

「この場合、誰が悪いんだ?」

「ルシファー様ですね。起きる時期を忘れていたのもそうですが、起きた後の食事の手配もしませんでした」

「オレ?」

 そんなに悪いことしたかな。空中を睨んで考えるが、反論が思いつかなかった。ルシファーは気づいていない。アギトと呼ばれる邪龍の復活を忘れていたのは、アスタロトも同罪と言うことを。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の番になりまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

処理中です...