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第16章 魔王様の育児論
271.手に入れた宝物を抱き締める
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想像していたより、リリスは活動していた。それもオレがいないのに、とても楽しそうだ。妙な部分に衝撃を受けて、ルシファーは項垂れていく。
自分が留守の間、妻が泣き暮らせばいいとは思わない。だが、あまりに元気溌剌としていて、イヴもまったく父の不在を気にしていない様子に打ちのめされた。水晶に記録された映像が、公式記録なので明るい表情ばかりを切り取ってあることなど、彼が気づく由もない。
複数の映像を同時に投影しながら記憶する魔王は、かなり残量の減った箱から新しい水晶を取り出した。何も書かれていない。たいていはイベント名や仕事先の場所、いつ撮られたか記録しているのだが。首を傾げて他の水晶を確認すると、この水晶以外はすべて記録のシートが付属していた。
「未使用か?」
首を傾げながら手のひらの上で転がし、一応魔力を流してみる。途端に、嗚咽を漏らす黒髪の美人が映し出された。間違いなく妻のリリスだ。泣きながら、何かに八つ当たりしている。音声が不安定で途切れ途切れになっており、録画するつもりの映像じゃないと示していた。偶然魔力が流れたのだろう。
録画されているとも知らず、リリスは「ルシファーの馬鹿」だの「どうして帰ってこないのよ」と泣きじゃくる。綺麗な金色の瞳が大粒の涙をこぼし、充血してほんのり赤く見えた。ああ、そういえば幼少期は赤い瞳だったな。そんな懐かしい記憶を呼び起こしながら、他の映像を無視して見入る。
「リリス……」
なんて愛おしいのだろう。子どもが出来て、騒動が途切れなくて、一緒にいる時間が減ってしまった。幼い頃は四六時中離れず、二人で一人と言わんばかりの密着ぶりだったのに。魔王として求められる仕事や役割に追われるうちに、リリスも妃の役割を果たし始めた。
もう少し、一緒にいる時間を増やそう。素直にそう思い、何も書かれていないリリスの涙が記録された水晶を宝石箱にしまう。そのまま収納空間へ大切に保管した。これは誰かに見せるわけにいかないし、何よりうっかり上書きされたら、確実にオレが泣く。
イヴは映ってなかったが、きっと誰かに預けたのだろう。そんな日もあったのか。時間経過の違う世界で、オレが何も知らずに彼女を泣かせた。不可抗力だが、今後は気を付けようと心に誓う。
「さて、残りを観てしまうか」
魔力を流して、すべての記録を確認する。シートが付属する水晶は公式記録なので、ルキフェルにリストが作られて管理されるのが決まりだった。勝手に持ち出せない。いくつか可愛い映像があったので、イヴの成長記録として、シートに追記しておいた。
後で複製してもいいか、ルキフェルに確認だな。すべての水晶を観終わったのは、夜も更ける時間だった。慌てて自室へ駆け込めば、すでに食事を終えたリリスがイヴを抱いて横たわっている。その頬に手を滑らせ、ルシファーは申し訳なさから眉尻を下げた。
「すまない。同じ城にいるのに、一人で食事をさせてしまった」
「いいえ。イヴもおりました」
眠っているかと思ったリリスだが、起きていた。ぱちりと目を開けて、悪戯成功と笑う。その無邪気な表情に、幼い頃の彼女が重なった。
「食事に遅れたら、名を呼んで召喚してくれないか?」
「アシュタに叱られるわよ?」
「オレが代わりに叱られるから」
妙に真摯に頼むルシファーの様子に、リリスは寝かせたイヴを置いて身を起こす。じっと見つめた後、白い頬に手を伸ばした。昔のように純白の髪を指で梳いて、にっこりと笑顔を浮かべた。
「いいわ。お茶でもおむつ替えでも呼ぶんだから。覚悟しなさい」
「ありがとう、リリス」
様子のおかしい夫を抱き締め、リリスは横たわった。こういう時は愚図らず大人しく眠る娘で助かるわ。まだ不安そうなルシファーの額、頬と口付け、最後に唇を合わせて目を閉じた。
自分が留守の間、妻が泣き暮らせばいいとは思わない。だが、あまりに元気溌剌としていて、イヴもまったく父の不在を気にしていない様子に打ちのめされた。水晶に記録された映像が、公式記録なので明るい表情ばかりを切り取ってあることなど、彼が気づく由もない。
複数の映像を同時に投影しながら記憶する魔王は、かなり残量の減った箱から新しい水晶を取り出した。何も書かれていない。たいていはイベント名や仕事先の場所、いつ撮られたか記録しているのだが。首を傾げて他の水晶を確認すると、この水晶以外はすべて記録のシートが付属していた。
「未使用か?」
首を傾げながら手のひらの上で転がし、一応魔力を流してみる。途端に、嗚咽を漏らす黒髪の美人が映し出された。間違いなく妻のリリスだ。泣きながら、何かに八つ当たりしている。音声が不安定で途切れ途切れになっており、録画するつもりの映像じゃないと示していた。偶然魔力が流れたのだろう。
録画されているとも知らず、リリスは「ルシファーの馬鹿」だの「どうして帰ってこないのよ」と泣きじゃくる。綺麗な金色の瞳が大粒の涙をこぼし、充血してほんのり赤く見えた。ああ、そういえば幼少期は赤い瞳だったな。そんな懐かしい記憶を呼び起こしながら、他の映像を無視して見入る。
「リリス……」
なんて愛おしいのだろう。子どもが出来て、騒動が途切れなくて、一緒にいる時間が減ってしまった。幼い頃は四六時中離れず、二人で一人と言わんばかりの密着ぶりだったのに。魔王として求められる仕事や役割に追われるうちに、リリスも妃の役割を果たし始めた。
もう少し、一緒にいる時間を増やそう。素直にそう思い、何も書かれていないリリスの涙が記録された水晶を宝石箱にしまう。そのまま収納空間へ大切に保管した。これは誰かに見せるわけにいかないし、何よりうっかり上書きされたら、確実にオレが泣く。
イヴは映ってなかったが、きっと誰かに預けたのだろう。そんな日もあったのか。時間経過の違う世界で、オレが何も知らずに彼女を泣かせた。不可抗力だが、今後は気を付けようと心に誓う。
「さて、残りを観てしまうか」
魔力を流して、すべての記録を確認する。シートが付属する水晶は公式記録なので、ルキフェルにリストが作られて管理されるのが決まりだった。勝手に持ち出せない。いくつか可愛い映像があったので、イヴの成長記録として、シートに追記しておいた。
後で複製してもいいか、ルキフェルに確認だな。すべての水晶を観終わったのは、夜も更ける時間だった。慌てて自室へ駆け込めば、すでに食事を終えたリリスがイヴを抱いて横たわっている。その頬に手を滑らせ、ルシファーは申し訳なさから眉尻を下げた。
「すまない。同じ城にいるのに、一人で食事をさせてしまった」
「いいえ。イヴもおりました」
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「いいわ。お茶でもおむつ替えでも呼ぶんだから。覚悟しなさい」
「ありがとう、リリス」
様子のおかしい夫を抱き締め、リリスは横たわった。こういう時は愚図らず大人しく眠る娘で助かるわ。まだ不安そうなルシファーの額、頬と口付け、最後に唇を合わせて目を閉じた。
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