上 下
268 / 530
第15章 神のいない神隠し

266.持て成すのが魔族の流儀

しおりを挟む
「あ、魔王様はあっちで」

「こっちも手は足りてますんで」

 なぜか手伝わせてもらえない。

 魔王城の城門前での宴会となれば、城下町から出店が繰り出す。それ以外にも、魔王や大公などの幹部が無料奉仕をすることで有名だった。肉や貝を焼いたり、デザートを振舞ったりする。夜になれば、酒の大盤振舞も行ってきた。

 ルシファーの収納空間に入ったままの酒類は、このためにあると言っても過言ではない。普段飲酒をしない彼の収納は、ハイエルフから献上された極上ワインや蜂蜜酒、ブランデーに近い蒸留酒に至るまで。様々な種類の酒が収納されていた。

 年数が経てば熟成される酒も多いが、あいにくと収納空間は熟成されない。時間経過がないので、作り立ての若い酒が多かった。逆にイフリートが管理する厨房の貯蔵庫では、じっくり熟成された酒が出来上がる。地下で温度管理をした酒が持ち出され、代わりにルシファーが取り出した酒樽が貯蔵された。

 こうして順番に回っていくのだが……今回は酒の振る舞いが早かった。まだ昼間なのに、誰もがワインや蜂蜜酒の入ったグラスを片手に乾杯の嵐だ。そこへ巻き込まれたルシファーは、グラスを持つリリスに飲まされながら、各テーブル周りをしていた。

「魔王様、無事の帰還に乾杯しようぜ」

 そう誘われたら断れない。知らなかったとはいえ、3年も留守にしたのだ。それも世界の軸が違っていたから、さぞ心配させただろう。抱き着いたリリスは片手でグラスを持ち、もう片方の手で夫の首に腕を回す。彼女にしがみ付くイヴは、興奮して叫び続けていた。

「イヴに何か飲ませた方がいいかな」

 いい加減喉が痛いだろう。心配するルシファーの言葉を受けて、リリスはようやく抱っこから降りた。だが腕をがっちり絡めて、ぴたりと夫の左腕に寄り添う。はしゃぎすぎて興奮が収まらないイヴは、なぜか空中に浮いていた。

「知らない間に娘が滅茶苦茶成長してる」

 その成長が見られて嬉しい反面、途中経過を知らない現実に項垂れた。そこへルキフェルによる朗報がもたらされた。

「成長記録? イヴちゃんのなら、ちゃんと録画してる。あとジル、ピヨ、ゴルティーも……自動録画の魔法陣を作ったんだけど、後で改良を手伝ってよ」

 親が外出していた間の記録を取り始めたのは、彼らが消えてから3日後だった。大急ぎで睡眠時間を削って作った魔法陣が無駄にならなくて良かった。膨大な記録を撮るために、大量の水晶を供出した民も安堵に胸を撫で下ろしただろう。

 その話を聞いて感動したルシファーがとっておきのワインを提供し、宴会はさらに盛り上がる。が、やはりお手伝いは拒まれた。大公であるベールやアスタロト、ルキフェルは浜焼きやら焼き肉の鉄板を扱っているのに……だ。

「オレは魔王として、もう用なしなのか」

 しょげる魔王の肩に届かないドワーフが、二人で肩車してまで肩を叩いた。小柄な酔っ払いはそのまま後ろにひっくり返り、仲間にげらげら笑われながら起き上がる。何しろ掘削中の落盤事故でも生きている彼らのこと、ケガひとつなかった。

「まあまあ、魔王様の価値は俺らも理解してっからよ」

「妙な心配しねぇで、ほら飲みな」

「なんてったって、あんたが主役だ。姫さん……じゃなかった、お妃さんと食って飲んで。しっかり夜もお勤めを果た……ぐへぇ」

 下世話な方向へ向かった話を遮るドワーフの奥方が、後ろから夫の首を絞める。苦しみながら回収される姿を、微笑ましく見守った。数万年前に初めて見た頃は驚いたが、今では恒例行事のような光景だ。

「そっか、主役か」

「そうさ。この世界の主がご帰還とあれば、持て成すのが魔族の流儀ってね」

 奥方はそれだけ伝えると、リリスにウィンクして酔っ払いの世話に戻る。日暮れが周囲を赤く染める中、隠れてリリスとキスをした。ふわふわ浮いているイヴにも……。それから、行方不明にならないよう我が子の腹に迷子紐を括りつけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

悪役令嬢を躾けつつ任務を遂行します

たま
恋愛
クリスティーナは公爵家のお嬢様。 でも普通のお嬢様とは一味違う。 クリスティーナの家は、代々王家に仕えてきた。 暗殺、諜報、闇の部分を司るバレンティア公爵家、彼女も幼少期からありとあらゆる教育を施された。 彼女の暮らすフロランティル王国では、10歳から15歳までの子供達が教育と魔法の育成の為に学園へ通う。 ある日お父様から学園へ通い殿下を守るように言われた。 でも男装してその身分を隠してお守りせよとの命令!! 途中前世の記憶が戻ったり、悪役令嬢を躾けて教育してみたり! 悪役令嬢に幸せになって欲しい!! でも自分だっていつか幸せになりたい!! 暗殺一家に産まれたクリスティーナが幸せになるまでのお話し。 初めて投稿するので、読みにくいと思います。すみません。 転生シリーズが大好きなので、楽しく書いていければと思います!!

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着が重すぎます!

枢 呂紅
恋愛
「わたしにだって、限界があるんですよ……」 そんな風に泣きながら、べろべろに酔いつぶれて行き倒れていたイケメンを拾ってしまったフィアナ。そのまま道端に放っておくのも忍びなくて、仏心をみせて拾ってやったのがすべての間違いの始まりだった――。 「天使で、女神で、マイスウィートハニーなフィアナさん。どうか私の愛を受け入れてください!」 「気持ち悪いし重いんで絶対嫌です」  外見だけは最強だが中身は残念なイケメン宰相と、そんな宰相に好かれてしまった庶民ムスメの、温度差しかない身分差×年の差溺愛ストーリー、ここに開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

処理中です...