253 / 530
第15章 神のいない神隠し
251.そっくり同じ道を歩む親子
しおりを挟む
イヴは今日も元気に、隣のゴルティーの尻尾を噛んだ。最近歯が生えてきて痒いのだ。ちょうどいいところに弾力のある尻尾が転がっていたら、つい噛んでしまうだろう。それも、ヤンのように毛皮に覆われていないので、口の中がイガイガしない。
「んぐんぐ」
「うぎゃあああぁ!」
父アムドゥスキアスに似たのか、ゴルティーは抵抗せず泣き出した。大泣きする我が子に、レライエが苦笑いして尻尾を取り返す。不満そうにしながらも、イヴは大人しく離した。なぜゴルティーが泣いているのか分からない様子に、リリスが溜め息をつく。
自分も通った道なのだが、当然ながらリリス自身は覚えていなかった。過去に「白い悪魔」と呼ばれる噛みつき魔が現れ、すぐに犯人が特定された事件がある。純白の髪を靡かせる魔王に抱かれた幼女リリス、非道にも狼獣人は耳を噛まれて引きこもり、吸血鬼の娘は髪を引き抜かれて怯え、尻尾の毛を千切られた兎獣人もいた。
あの事件より被害者は少ないが、これから被害が拡大する恐れがあった。あの頃のリリスはもう歯が生え替わった後だが、イヴはこれから生えてくる。
「噛んではダメよ。この子の齧る物があればいいのよね」
叱ったものの、歯が痒いのは仕方ない。他の種族では木製の玩具を齧らせる場合もあるらしいが、牙ではないので難しかった。乳歯と言えど、折れたらルシファーが泣く。
「ゴムの玩具とか」
アンナが提案するが、ゴムが何か分からない。あれこれ話を聞いた結果、樹液から採れるらしいと判明した。ここから先はリリスが母リリンに尋ねるのが早い。異世界のゴムの特徴を良く聞いたが、彼女は理解しきれなかった。
伸びる樹液……伸びる? でも切れないのよね。手を離せば縮む。あれこれ悩みながら、リリスは我が子を抱き上げた。
「やぁ!」
「ダメよ。ゴルティーを噛んではいけないの。泣いちゃったでしょう」
言い聞かされ、ダメと言われたイヴは考えた。目の前の柵の中には、まだ別の子がいる。ジルでもアイカでもいいじゃない。そう結論付けて頷く。
「ゴルティーを噛まない、約束できる?」
勢いよく頷く我が子に微笑んで、いい子ねと褒めながら柵の中に戻した。幼いうちは親がしっかり保護するのは、魔族にとって当然だ。空を飛べる種族では、腹にベルトを巻いて紐で固定することもある。幸いにしてイヴはまだ飛ばないので、拘束しなくて済む。彼女は柵の内側を勢いよく這った。
ロックオンしたターゲットに、勢いよく噛み付く。
「うわぁああ!」
「いたぁい!」
あちこちで悲鳴が上がり、泣き声が響き渡る。リリスは慌ててイヴを捕まえ、ぺちんとお尻を叩いた。それから齧った口をぎゅっと指で摘まむ。痛がって顔を振る我が子に、言い聞かせた。
「噛まない約束でしょ!」
「ぶぅ、ちゃう」
不満を示しながら、この子達はゴルティーではないと抗議した。違う生き物を噛んだのだから、叱られる理由はない。幼いなりに妙な知恵が回る。それもこれも、両親から受け継いだ悪知恵だった。
「やだわ、誰に似たのかしら。悪い子ね」
誰も言葉に出さないが、間違いなくリリスとルシファーの子で間違いない。外見ではなく、中身もそっくりだった。遺伝の見事さに感心するレライエの腕の中で、ゴルティーがばたばたと暴れる。ぐいと身を乗り出し、届く距離にいるイヴの立派なぷよぷよ足に噛み付いた。
「うぅ!」
抗議の声を上げるゴルティーが、イヴに蹴飛ばされる。
「うゎああああああ! ぱっぱ、ぱっぱぁ!!」
大泣きするイヴに召喚され、顔を見せたルシファーは溜め息を吐いた。先ほどから覗き見していたので、状況は知っている。ここで抱き上げて慰めたり、傷を癒やしたら、また同じことをするだろう。
視線の先で同じ結論に至ったリリスも頷く。傷の横をぺちんと叩いた。
「だから言ったじゃない。他の子を齧ったらダメよ。自分も齧ったんだから、少しくらい噛みつかれても我慢しなさい」
まさにブーメランな正論だった。
「んぐんぐ」
「うぎゃあああぁ!」
父アムドゥスキアスに似たのか、ゴルティーは抵抗せず泣き出した。大泣きする我が子に、レライエが苦笑いして尻尾を取り返す。不満そうにしながらも、イヴは大人しく離した。なぜゴルティーが泣いているのか分からない様子に、リリスが溜め息をつく。
自分も通った道なのだが、当然ながらリリス自身は覚えていなかった。過去に「白い悪魔」と呼ばれる噛みつき魔が現れ、すぐに犯人が特定された事件がある。純白の髪を靡かせる魔王に抱かれた幼女リリス、非道にも狼獣人は耳を噛まれて引きこもり、吸血鬼の娘は髪を引き抜かれて怯え、尻尾の毛を千切られた兎獣人もいた。
あの事件より被害者は少ないが、これから被害が拡大する恐れがあった。あの頃のリリスはもう歯が生え替わった後だが、イヴはこれから生えてくる。
「噛んではダメよ。この子の齧る物があればいいのよね」
叱ったものの、歯が痒いのは仕方ない。他の種族では木製の玩具を齧らせる場合もあるらしいが、牙ではないので難しかった。乳歯と言えど、折れたらルシファーが泣く。
「ゴムの玩具とか」
アンナが提案するが、ゴムが何か分からない。あれこれ話を聞いた結果、樹液から採れるらしいと判明した。ここから先はリリスが母リリンに尋ねるのが早い。異世界のゴムの特徴を良く聞いたが、彼女は理解しきれなかった。
伸びる樹液……伸びる? でも切れないのよね。手を離せば縮む。あれこれ悩みながら、リリスは我が子を抱き上げた。
「やぁ!」
「ダメよ。ゴルティーを噛んではいけないの。泣いちゃったでしょう」
言い聞かされ、ダメと言われたイヴは考えた。目の前の柵の中には、まだ別の子がいる。ジルでもアイカでもいいじゃない。そう結論付けて頷く。
「ゴルティーを噛まない、約束できる?」
勢いよく頷く我が子に微笑んで、いい子ねと褒めながら柵の中に戻した。幼いうちは親がしっかり保護するのは、魔族にとって当然だ。空を飛べる種族では、腹にベルトを巻いて紐で固定することもある。幸いにしてイヴはまだ飛ばないので、拘束しなくて済む。彼女は柵の内側を勢いよく這った。
ロックオンしたターゲットに、勢いよく噛み付く。
「うわぁああ!」
「いたぁい!」
あちこちで悲鳴が上がり、泣き声が響き渡る。リリスは慌ててイヴを捕まえ、ぺちんとお尻を叩いた。それから齧った口をぎゅっと指で摘まむ。痛がって顔を振る我が子に、言い聞かせた。
「噛まない約束でしょ!」
「ぶぅ、ちゃう」
不満を示しながら、この子達はゴルティーではないと抗議した。違う生き物を噛んだのだから、叱られる理由はない。幼いなりに妙な知恵が回る。それもこれも、両親から受け継いだ悪知恵だった。
「やだわ、誰に似たのかしら。悪い子ね」
誰も言葉に出さないが、間違いなくリリスとルシファーの子で間違いない。外見ではなく、中身もそっくりだった。遺伝の見事さに感心するレライエの腕の中で、ゴルティーがばたばたと暴れる。ぐいと身を乗り出し、届く距離にいるイヴの立派なぷよぷよ足に噛み付いた。
「うぅ!」
抗議の声を上げるゴルティーが、イヴに蹴飛ばされる。
「うゎああああああ! ぱっぱ、ぱっぱぁ!!」
大泣きするイヴに召喚され、顔を見せたルシファーは溜め息を吐いた。先ほどから覗き見していたので、状況は知っている。ここで抱き上げて慰めたり、傷を癒やしたら、また同じことをするだろう。
視線の先で同じ結論に至ったリリスも頷く。傷の横をぺちんと叩いた。
「だから言ったじゃない。他の子を齧ったらダメよ。自分も齧ったんだから、少しくらい噛みつかれても我慢しなさい」
まさにブーメランな正論だった。
20
お気に入りに追加
774
あなたにおすすめの小説
外れ婚約者とは言わせない! 〜年下婚約者様はトカゲかと思ったら最強のドラゴンでした〜
秋月真鳥
恋愛
獣の本性を持つものが重用される獣国ハリカリの公爵家の令嬢、アイラには獣の本性がない。
アイラを出来損ないと周囲は言うが、両親と弟はアイラを愛してくれている。
アイラが8歳のときに、もう一つの公爵家で生まれたマウリとミルヴァの双子の本性はトカゲで、二人を産んだ後母親は体調を崩して寝込んでいた。
トカゲの双子を父親は冷遇し、妾腹の子どもに家を継がせるために追放しようとする。
アイラは両親に頼んで、マウリを婚約者として、ミルヴァと共に自分のお屋敷に連れて帰る。
本性が本当は最強のドラゴンだったマウリとミルヴァ。
二人を元の領地に戻すために、酷い父親をザマァして、後継者の地位を取り戻す物語。
※毎日更新です!
※一章はざまぁ、二章からほのぼのになります。
※四章まで書き上げています。
※小説家になろうサイト様でも投稿しています。
表紙は、ひかげそうし様に描いていただきました。
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ
水無瀬
ファンタジー
竜が好きで、三度のご飯より竜研究に没頭していた侯爵令嬢の私は、婚約者の王太子から婚約破棄を突きつけられる。
それだけでなく、この国をずっと守護してきた黒竜様を捨てると言うの。
黒竜様のことをずっと研究してきた私も、見せしめとして処刑されてしまうらしいです。
叶うなら、死ぬ前に一度でいいから黒竜様に会ってみたかったな。
ですが、私は知らなかった。
黒竜様はずっと私のそばで、私を見守ってくれていたのだ。
残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ?

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜
梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーレットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。
そんなシャーレットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。
実はシャーレットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーレットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーレットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。
悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。
しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーレットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーレットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーレットは図々しく居座る計画を立てる。
そんなある日、シャーレットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる