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第13章 海は新たな楽園か

212.異常を察したのは幼い姉妹

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 久しぶりの親子水いらずの休暇だった。幼い我が子は水と風の精霊なので、溺れる心配もいらない。湖に飛び込む姉妹を笑顔で見守った。バシャバシャと水飛沫を立てて遊ぶ二人だが、しばらくすると変な顔をして母の元へ駆け寄った。

「お母様、お水が変な味する」

「ベタベタするの。何か変よ」

 湖なのにベタつくと訴える我が子に頷き、ルーシアも水辺に近づいた。都ごと飲み込まれた国が沈む湖は、透き通った美しい湖面が人気だ。当然、下に沈んだ都が青白く幻想的に見えるはずだった。しかし近づくと何やら生臭い。その上、水も濁っていた。

「おかしいわね」

 手を水に入れてから臭いを確認し、ぺろりと舐めてみる。ほんのり塩味……潮?

「海と繋がったのかしら」

 せっかくの観光地の景観が台無しね。これは対策を取らないといけないわ。そう判断したルーシアが身を起こすと同時、大きく湖面が波打った。足を取られそうになりながらも、数歩下がる。姉ライラと妹アイラは手を繋ぎ、父に抱き締められていた。

「お母様が危ないわ」

「助けるの!」

「ここにいなさい。ルーシアは水の精霊族、それもロノウェ侯爵だよ。水辺で危ないことはない」

 父ジンに諭され、姉妹は不安そうに両手を握り締めて母の様子を窺った。湖面から下がったルーシアの周囲に、水の球がいくつも浮かぶ。湖の水ではなく、精霊の力で呼び出した水だった。透き通った湧水のような水が漂う中、ルーシアは水の流れを読み始める。

 どこから来た水か。湖に流れ込んだ経緯をゆっくりと仕分けていく。湖の底にある湧水は無事だった。となれば、穴が空いて流れ込んだのかしら。

 ルーシアの頭に流れ込んでくる水の精霊が送り込む情報を整理しながら、海水という異物を追いかけた。

「やだっ! 溢れたの!?」

 顔を上げて遠くを見透かすように目を細める。それでも見えない。まだ遠いけれど、確実に近づいていた。

「あなた! 二人を守って! 海水が押し寄せてくるわ」

「わかった、シアは?」

 心配のあまり子どもの前で愛称呼びに戻った夫へ、ルーシアは微笑んだ。

「私は大公女よ。少しでも被害を食い止める努力をするわ。危なくなったら逃げるから、先に逃げてちょうだい」

 言葉に嘘も裏もない。己の身を危険に晒して海水を押し留める気はなかった。圧倒的な質量を持つ海水を止めるには、魔力が足りない。魔王陛下や大公閣下達と匹敵する魔力が必要だった。

 ただ、食い止めることは出来る。近くにいる魔獣達に危険を知らせ、彼らが逃げる時間を稼ぐくらいなら。

 大きく深呼吸して魔力を高める。心配した水の精霊が、悲鳴のような高い声で助けを求めた。精霊女王である大公ベルゼビュートに届くように。その気持ちにお礼を言って、高めた魔力で湖の湧水を集める。

 海水は水でありながら異種族のようだった。簡単に従わず、意思の疎通も朧げだ。そのような曖昧なものに力を割くより、確実に手足となる湧水を味方につけた。湧水で大きな壁を作り、海水の一撃を食い止める。崩れたら、そこで離脱すると決めた。

「ふぅ……大丈夫よ、私なら出来るわ」

 暗示をかけるために呟き、高めた魔力をすべて清らかな湧水へ流し込んだ。立ち上がる大きく透明の壁に気づいた魔獣が、仲間に警告を発しながら逃げ始める。それでいいわ。一回しか時間稼ぎはできないけど、その僅かな時間で逃げられる魔獣が増えるなら。

 壁を支えるように両手を前に突き出した。搾る魔力を最後まで注いでいく。ちらりと足元を確認した。観光地化した際に設置された移動魔法陣がある。水に沈んでも発動するはず。いざとなれば、あれに飛び込んで逃げよう。

 顔を上げたルーシアの前に、海水が大きな壁となって迫っていた。
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