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第13章 海は新たな楽園か
211.報告は礼儀作法の塊
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「大変ですぅ!!」
駆け込んだドラゴンは、ドアが跳ね返る勢いで開けた。額を押さえたアスタロトが大きく溜息を吐く。問題だらけで、どこから指摘したらいいか。まずノックがされていない。返答を待って開けるべきだし、「大変です」は報告にならないとあれほど……。
魔王軍の制服を着た神龍系のドラゴンは、よほど焦っていたのだろう。尻尾とツノを仕舞い忘れている。お陰で廊下が大惨事だった。音がしないよう敷かれた絨毯は鱗に引っ掛かって捲れている上、途中で何かを割ったらしい。ベリアルの悲鳴が聞こえてきた。
「何があった?」
平然と応じる魔王ルシファーの態度に、アスタロトは勢いよく彼の前に割り込んだ。
「待ってください。報告の前にいろいろと片付けることがあるでしょう」
「だが急ぎのようだぞ?」
「ルシファー様、大人しく黙っててください」
ぴしゃんと言い渡され、ルシファーは右手で口を覆った。怖い、これは逆らってはいけない。本能が告げるまま、数歩下がる。後ろの執務机にぶつかるまで、しっかり距離を取った。左腕に抱かれたイヴは、ルシファーとアスタロトを交互に見た後で、ルシファーの真似をする。
両手で口を押さえる姿は可愛かった。ほっこりする場面だが、アスタロトの美しくも恐ろしい笑顔で台無しだった。ドラゴンは慌てて尻尾をしまう。ツノを忘れているが、そこは問題ないだろう。振り返って廊下の惨事に気づいて退室した。
外でベリアルに花瓶を割ったことを謝罪する声が響き、ずるずると絨毯を直す音が聞こえた。それからノックされて扉が開く。と、アスタロトが勢いよく扉を閉めた。手を使わず魔力で行われた操作に、ドラゴンの呻き声が聞こえる。
どうやら扉で顔を打ったらしい。
「ノックの後がいけませんね」
「あ、ああ……その、急ぎの用事だったら?」
緊急事態だったら、この時間が無駄なのでは。当然ともいえる指摘だが、アスタロトは首を横に振った。
「本当に緊急なら、もっと礼儀作法のしっかりした上官が報告に来ます」
ああなるほど。納得してしまった。ということは、あまり大きな事件ではない。そう判断すると、ルシファーは執務机を回り込んで椅子に腰かけた。イヴはご機嫌でペンを手に振り回している。
「こら、危ないぞ。めっ、だ!」
リリスの時と一緒で、めっ! を教えながら危険なペンを取り上げる。ペン先が刺されば痛いし、幼子が遊ぶのに適した道具ではない。不満そうに尖った唇を指で押し戻していると、またノックの音が聞こえた。今度はアスタロトの「どうぞ」を待って開かれる。
真後ろにいたベリアルにお礼を言っている様子から、何が悪かったか教えてもらったらしい。素直で真っすぐないい子じゃないか。ルシファーは感心しながら、机の上に残っていたお茶のカップを手に取った。ゆっくり口に運ぶ。
「ご報告いたします。海が溢れてこちらに迫っております」
「「はい?」」
ルシファーの手が止まり、傾けたカップからお茶が膝に零れる。慌ててイヴを確認すると、めっ! と叫びながら濡れた膝を叩いていた。大急ぎで乾燥させ、ついでにシミ抜きも行う。この時点で、ルシファーは現実逃避していた。
「ルシファー様、現実逃避している場合ではございません。報告ご苦労でした。どこまで海が押し寄せていますか?」
「人族の都があったミヒャール湖の手前です。現在、魔獣達の避難を進めています」
あれ? 誰か、そっちへ遊びに行ってなかったっけ? ルシファーとアスタロトは同時に叫んだ。
「「ルーシアだ」」
かつては令嬢として「ルーシア嬢」と表現されたが、現在は仕事仲間である大公女として「ルーシア」と呼ばれている。彼女が夫ジンや娘達と共に湖へ行く届け出があった。あわてて立ち上がったルシファーは、あたふたする若いドラゴンに命じる。
「案内せよ、余が出向く」
駆け込んだドラゴンは、ドアが跳ね返る勢いで開けた。額を押さえたアスタロトが大きく溜息を吐く。問題だらけで、どこから指摘したらいいか。まずノックがされていない。返答を待って開けるべきだし、「大変です」は報告にならないとあれほど……。
魔王軍の制服を着た神龍系のドラゴンは、よほど焦っていたのだろう。尻尾とツノを仕舞い忘れている。お陰で廊下が大惨事だった。音がしないよう敷かれた絨毯は鱗に引っ掛かって捲れている上、途中で何かを割ったらしい。ベリアルの悲鳴が聞こえてきた。
「何があった?」
平然と応じる魔王ルシファーの態度に、アスタロトは勢いよく彼の前に割り込んだ。
「待ってください。報告の前にいろいろと片付けることがあるでしょう」
「だが急ぎのようだぞ?」
「ルシファー様、大人しく黙っててください」
ぴしゃんと言い渡され、ルシファーは右手で口を覆った。怖い、これは逆らってはいけない。本能が告げるまま、数歩下がる。後ろの執務机にぶつかるまで、しっかり距離を取った。左腕に抱かれたイヴは、ルシファーとアスタロトを交互に見た後で、ルシファーの真似をする。
両手で口を押さえる姿は可愛かった。ほっこりする場面だが、アスタロトの美しくも恐ろしい笑顔で台無しだった。ドラゴンは慌てて尻尾をしまう。ツノを忘れているが、そこは問題ないだろう。振り返って廊下の惨事に気づいて退室した。
外でベリアルに花瓶を割ったことを謝罪する声が響き、ずるずると絨毯を直す音が聞こえた。それからノックされて扉が開く。と、アスタロトが勢いよく扉を閉めた。手を使わず魔力で行われた操作に、ドラゴンの呻き声が聞こえる。
どうやら扉で顔を打ったらしい。
「ノックの後がいけませんね」
「あ、ああ……その、急ぎの用事だったら?」
緊急事態だったら、この時間が無駄なのでは。当然ともいえる指摘だが、アスタロトは首を横に振った。
「本当に緊急なら、もっと礼儀作法のしっかりした上官が報告に来ます」
ああなるほど。納得してしまった。ということは、あまり大きな事件ではない。そう判断すると、ルシファーは執務机を回り込んで椅子に腰かけた。イヴはご機嫌でペンを手に振り回している。
「こら、危ないぞ。めっ、だ!」
リリスの時と一緒で、めっ! を教えながら危険なペンを取り上げる。ペン先が刺されば痛いし、幼子が遊ぶのに適した道具ではない。不満そうに尖った唇を指で押し戻していると、またノックの音が聞こえた。今度はアスタロトの「どうぞ」を待って開かれる。
真後ろにいたベリアルにお礼を言っている様子から、何が悪かったか教えてもらったらしい。素直で真っすぐないい子じゃないか。ルシファーは感心しながら、机の上に残っていたお茶のカップを手に取った。ゆっくり口に運ぶ。
「ご報告いたします。海が溢れてこちらに迫っております」
「「はい?」」
ルシファーの手が止まり、傾けたカップからお茶が膝に零れる。慌ててイヴを確認すると、めっ! と叫びながら濡れた膝を叩いていた。大急ぎで乾燥させ、ついでにシミ抜きも行う。この時点で、ルシファーは現実逃避していた。
「ルシファー様、現実逃避している場合ではございません。報告ご苦労でした。どこまで海が押し寄せていますか?」
「人族の都があったミヒャール湖の手前です。現在、魔獣達の避難を進めています」
あれ? 誰か、そっちへ遊びに行ってなかったっけ? ルシファーとアスタロトは同時に叫んだ。
「「ルーシアだ」」
かつては令嬢として「ルーシア嬢」と表現されたが、現在は仕事仲間である大公女として「ルーシア」と呼ばれている。彼女が夫ジンや娘達と共に湖へ行く届け出があった。あわてて立ち上がったルシファーは、あたふたする若いドラゴンに命じる。
「案内せよ、余が出向く」
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