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第13章 海は新たな楽園か

207.あたくしに逆らうなんて許さなくてよ

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 大公4人はそれぞれに特徴がある。物事を冷静に判断して決断する能力ならベール、好奇心が旺盛で様々な事象に対応するのはルキフェル。アスタロトの忠誠心や圧倒的な攻撃力は見事だった。もっとも自然に近く、魔の森に近い本能や感覚を持つのがベルゼビュートだ。

 彼女が持つ鋭敏な感覚は、この海水に対する嫌悪感で破裂しそうだった。吐き気がすると手で口元を押さえる。その様子からも、拒絶が見て取れた。

「大丈夫か?」

「結界で遮断しても気持ち悪いなんて、最低ですわね。消し去ってやりますわ」

 強い力を誇る魔族程、己の感覚を信じる。これは害のある存在と認めれば、すぐに消滅させようとするのだ。その傾向が強いベルゼビュートは、右手に握る聖剣をそのままに左手に魔剣を呼び出した。愛用の剣はどちらも強い力を帯びている。

「待て、ベルゼ」

「止めても無駄ですわ」

 魔王の制止を振り切ったベルゼビュートは、海水を剣で切り裂く。そこに精霊としての魔力を纏わせ、風と水を同時に繰り出した。一般的な自然現象の竜巻なら、この時点で消滅する。だが、生き物のような海水は抵抗した。

 ぐおぉおお! 吠える声が響き、身を捩るように竜巻が大きくうねった。その勢いのままベルゼビュートへ体当たりをかます。さっと避けた彼女の戦闘センスは魔族でも指折りだった。にやりと笑った美女は、強烈な炎を作り出す。

 巨大な火の玉に風を送り、水の力で乾燥させて湿度を下げた。海と言う巨大な水の上で、真逆の力を放って作用させる。精霊女王と呼ばれる彼女の面目躍如だ。二本の剣の先に結集させた炎を、竜巻へ叩きつけた。

「大人しく消えなさい。あたくしに逆らうなんて許さなくてよ」

「いや、その台詞はオレのだろ」

 ぼそっと呟いたルシファーは妻子を守りながら、左手を翳した。竜巻に向けた手のひらへ、海水が吸い込まれていく。

「ちょ! 陛下、邪魔しないで」

「調査対象を消すとルキフェルが煩い。それに……生き物だったら意思の疎通を図る前に殺すのはちょっと」

 ルール違反だろ。新種の生き物として登録する可能性があるんだぞ。吸い込む海水を何とか奪おうとベルゼビュートが近づくものの、ルシファーへの攻撃は出来ない。試行錯誤した結果、諦めて剣を両方とも収納へ投げ込んだ。普段の彼女らしくない乱暴な仕草で。

「埋め合わせをしていただきます」

「アスタロトに付けてくれ」

 海水の竜巻を亜空間に放り込み、ルシファーは肩を竦めた。通常の収納へ入れると命が絶えてしまう。ただの自然現象とは思えない以上、生き物の意思が介在するはず。作った空間へ殺さずに回収し、ほっと一息ついた。そこで集中力が途切れ、つい余計な一言が漏れる。

「おや。私に御用がおありのようで?」

 びくっと肩を揺らしたルシファーが振り返る先に、アスタロトが微笑んでいた。表情は友好的なのに、ちょっと怖い。空中を後退るルシファーは、話を逸らすことにした。

「足場で作った魔法陣の上にいた者達を回収してくれたか?」

「もちろんです。ルシファー様がベルゼビュートと遊んでいる間に、私は仕事をしておりましたから」

 きっちり嫌味を混ぜて返される。リリスがくすくすと笑いながら言葉を挟んだ。

「ねえ、ピヨが火を吹いてるけどいいの?」

 慌てて振り返ったアスタロトが舌打ちする。ルシファーも唖然とした。おそらく濡れた服を乾かすために火を付けたのだろう。親切心からの火だが、鳳凰種である鸞の炎は温度が高い。何もない砂浜が溶けて、ゆらゆらと燃えていた。

「あつっ!」

「うわぁ、服が燃える!」

「髪が、やだぁ」

 先ほどまで海水で酷い目に遭った彼らだが、ほぼ全員が海水に飛び込んだ。その海水も熱湯のように熱く、さらに騒動が大きくなる。

「落ち着きなさい」

 ぱちんと指を鳴らしたアスタロトが巨大氷を作り出し、周囲を凍り付かせた。今度は青い唇で震える彼らを助けるため、ルシファーは温度遮断の保護結界を作る。竜巻騒動から脱出後の不幸まで、今回の浜焼き視察は思わぬ形で幕を閉じた。
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