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第12章 次世代は逞しい

195.説教されるアスタロトの貴重シーン

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 ぱちんと弾ける音がして、何かが消える。いや、逆に現れた。球体の内側に隔離されていた空間と人が、実体を取り戻す。同時に、球体の輪郭を浮き上がらせた小麦粉が舞い散った。

「うわっ、何ですかこれは」

「うっぷ!」

「げほっ、吸い込ん……うっ」

 アスタロトを筆頭に、小麦粉を被ったドワーフも騒いで手を振り回した。吸い込んだり目に入ったと転げ回るドワーフも出るが、命に別状はなさそうだ。

「よくやったぞ、イヴ。ありがとう」

 両手を振り回して興奮するイヴはまだ足りないのか。あちこちへ手を伸ばす。結界を無効化され、張り直してまた消されるルシファーは苦笑いした。迷惑な能力と思っていたが、どんな魔法や魔力でも無効に出来るなら才能だ。隣のリリスも誇らしげに娘の黒髪を撫でた。

「えらいわね、イヴ」

「まま」

 指差して騒ぐ娘をルシファーから受け取り、リリスは己の翼を広げる。白い羽が大好きなイヴは大喜びだった。ついでに天使の輪と呼ばれる光るサークルが出現するが、そちらはイヴの気を引かなかった。するりと無視して、抜けた羽根をもらい振り回している。

 ルキフェルは透明の壁を作り上げた素材をそそくさと集めた。研究所に持ち帰るのだろう。透明の球体は、その内側を透明に見せたが、中身はそのまま残っていた。お陰で壊れて消失したと思われた執務室は、やや壊れた程度で修復可能だ。

 机や椅子、棚などもそのまま残されおり、ほっと安堵の息をついた。これなら明日には元通りだろう。

「アスタロト、後で状況をレポートにしてよ」

 遠慮のないルキフェルの要請に、それでもアスタロトは頷く。これが貴重な経験であり、後世に残す教訓になることは彼も異論がなかった。やや機嫌を損ねた様子のアスタロトの肩をぽんと叩くルシファーは、お疲れさんと声をかけた。

「時間感覚は大丈夫か?」

「ええ、翌日の午前中ですよね。体内時計通りです」

「今日明日は休んでいいぞ。アデーレも休みにする」

 不思議そうな顔でアスタロトが首を傾げた。

「休みはありがたく頂きますが、なぜ妻も一緒なのですか」

「お前の見張りを買って出て徹夜だ。吸血種の侍女達も休んでくれ」

 侍女達が一礼して下がる中、アデーレは大きく溜め息を吐いた。腰に手を当てて眉を寄せる。

「情けないですわ。それでもアスタロト大公の名を戴く重鎮ですか? あっさりとドワーフの技術に囚われるなんて」

 珍しくアスタロトが叱られる場面に遭遇し、ルシファーは目を輝かせた。これは是非見学したい。そんな主君の思惑に気付いたアスタロトは、さっと妻に近づくとその口を手で押さえた。そのまま転移で消える。

「ちっ、ケチな奴だ」

「アシュタらしいわ。アデーレのこと大好きなのね」

「ん?」

 今のは、リリスのような感想を抱く光景だったか? 解釈に著しいズレが発生している気がして、尋ねようとしたがやめた。実際のところ、アスタロトは歴代の妻の中でもアデーレには甘い。押しかけ女房だったらしいが、彼女を大切にしているのは事実だった。無粋な事を口にして、後でバレるのは御免だ。

「ご迷惑をおかけしやした」

「けふっ、すんませんした」

 ドワーフの一行が頭を下げる。その頭を奥方達がぐいぐいと下へ押しつけた。

「あんたらのせいで大変だったんだよ。姫様達と魔王様によく謝って、礼を言ったら壁を作りな!」

 親方は妻に尻を叩かれ、ぼそぼそと口の中で文句を言いながら材料の残りを捏ね始める。小麦粉を洗い流したドワーフ達も手伝い、捏ねた材料をブロック状にして積み重ねた。本来の理論通りなら、反対側が透けて見えるだけの壁が出来上がるようだ。

「これ、後で崩れたりしないよな」

「不安なら色つけとくとええだ」

「ぶつかると普通にいてぇぞ」

 ルシファーの不安に答えたドワーフ達は、表面に何やら色を塗り始めた。透明度が損なわれるものの、壁があると判断できるよう薄い水色に染められる。完成まで時間がかかりそうなので、肩を竦めたルシファーは自室に戻ることにした。妻子と並んで部屋を出る直前、思い出して部屋のドワーフ達に声をかける。

「昨夜の残業代は酒でいいか?」

「「「「あざーっす!」」」」

 揃いの返答は弾んでおり、そこから作業は急ピッチで進んだらしい。夕方には完成報告が上がった。
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