上 下
169 / 530
第11章 いい度胸じゃないか!

167.戻ったら戦勝祝いだ

しおりを挟む
「っ……ルキフェル、そのような真似はいけません」

 痛みを堪える色はなかった。ただただ愛おしいと、可愛がる養い子へ向けた感情が滲む。ぽたりと垂れた血が、ベールの結界内に滴った。

「ベール……僕が分かる?」

「ええ。もちろんです。陛下も……ご迷惑をお掛けしました」

 詫びるベールの瞳は穏やかさを取り戻していた。捨て身で二人の間に飛び込んだルキフェルの姿に、ようやく我を取り戻したらしい。

「焦らせるな、ベール。ルキフェルも、飛び出すのはやめてくれ。心臓に悪い」

「ごめん」

 ルシファーのぼやきに謝りながら、ルキフェルの視線はベールの手元に向かっていた。己の剣の軌道を変える為、咄嗟に自らの左手の甲を貫く。その激痛が容易に想像できて、二人は顔を見合わせる。

 平然とした顔のベールだが、左手はようやく血が止まり始めたところだった。

「治癒はいるか?」

「いえ。私が自ら行った方が早いです」

 それはそうだが。それなら早く塞いでしまえ。見てるこっちが痛い。顔を顰めたルシファーの雄弁な眼差しに、くすっと笑ったベールの背後に炎の羽が再び広がった。鳳凰の治癒力を使うのだろう。

 虹蛇の方が治癒力は上だが、新しい能力を呼び出すより、現時点で手元にある方を利用するらしい。垂れていた血が逆再生するように傷へ戻り、穴の空いた手の甲が塞がっていく。抜けた剣の刃を背中で隠すようにして、収納へ片付けた。

 空中にもかかわらず、デスサイズを手にした魔王へ首を垂れて跪く。

「我が主君に剣先を向けた無礼、我が……」

「あ、そういうのは不要だ。これを咎めると、アスタロトなんか複数回殺さないといけないし、ベルゼビュートも同様だ」

 大公として仕えると決めてから、何度も暴走した同僚を引き合いに出され、ベールは苦笑して立ち上がった。ほっとした様子のルキフェルが抱きつくのを受け止め、頬を緩める。

「さて、イカも片付けたし帰ろうか」

「はい」

「うん」

 珍しく堅物のベールとやり合って、楽しかった。そんな感想は口に出さないのが正しい。ルシファーは肩をすくめて、デスサイズを撫でた。

「今日は帰るか?」

 ぶるりと身を震わせて消えたデスサイズを見送り、砂浜の上に転移した。すぐに二人も続き、作っていた盾を消したベルゼビュートがにやりと笑う。

「これでベールもあたくしにしつこく言えないわね」

「何のお話ですか、あなたは関係ないでしょう。それより報告書の提出が遅れています」

 過去の失敗をネチネチと突かれた経験を持つベルゼビュートは、やっと尻尾を掴んだと笑う。だがベールの方が上手だった。というより、彼女が彼に勝てた試しがない。うっかり余計な発言をしたことで、未提出の書類を持ち出されて青ざめた。

「姉さんって懲りないのね」

「いつものことだ。帰ろう」

 リリスとイヴを腕に抱き、軽く首を傾げて待つ。ルシファーに対し、ドラゴンは空を飛んで帰ると返答した。大公達はそれぞれに戻れる。

 イヴ奪還作戦が、こんな大騒動になると思わなった。もっと早く回収し、日常に戻る予定だったのに。

 今回の犯人や内通者の有無を調べる必要がある。その上で、海王に対して厳重に抗議するのが魔王としての立場だった。本音では、大きくやっつけてしまいたいが。

「ルシファー、さっきのタコはタコ焼きになるの?」

「アベル宛に送ったが、多分大丈夫だ。軽く戦勝祝いでもするか」

 わっと盛り上がるドラゴンの群れが先に飛び立ち、残された者も順々に城門前へ転移した。すでに広場の芝にテントや鉄板が用意されており……タコの太い足を捌く料理人イフリートが包丁を振って挨拶する。すぐにでも宴会が始められそうだった。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の番になりまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

処理中です...