上 下
157 / 530
第10章 因果は巡る黒真珠騒動

155.夫の面目はぎりぎりで保たれた

しおりを挟む
 魔王の執務室は散々な有様だった。明らかに誰かと誰かがケンカしたと分かる。が、その「誰か」を特定する命知らずは、魔族に存在しなかった。城で働く者は暗黙の了解として理解している。指摘したらとばっちりが来ることを。

「昨夜は大変だったわね」

 妻ルーサルカに慰められながら、アベルは自宅で寛いでいた。今日は休みだ。後で城門に勤めるフェンリルの7代目の王ヤンへ、お礼を届ける予定だった。長男のエルは学校へ向かい、足下を這う次男リンが掴まり立ちして後ろに転がる。

「おっと! あぶない」

 咄嗟に受け止めたアベルは、リンの首に巻き着いた蛇の形をしたクッションに首を傾げた。

「これは何?」

「ああ、アンナさんの発案でね。このくらいの年齢の子はよく転ぶから、後頭部を強打しないように巻くのよ。神龍デザインが巻きやすくて人気なの」

 端の方をくねくねと曲げて、なるほどと頷いた。前の世界なら針金を入れて動くようにした人形を見たことがある。あれの応用と思われた。他にも狼や猫のデザインも人気が高いらしい。動物を巻きつけると可愛いので、お手製で作る種族もいるとか。

「これは売ってるのか?」

「ラミアが家内制手工業で作るんですって。ところで「家内制手工業」って何?」

「うん、日本で習ったけど……たぶん必要な材料を持ってる人が自分達で作ることじゃないかな」

 ニュアンスだけでだいぶ違うが、アベルは歴史の授業が苦手だった。近代を習ったあたりで、西洋のどこかで出てきた気がする。その程度の認識で曖昧に答える。

「リリス様もご自分で作りたいと仰って、今日あたり挑戦してると思うの」

「へぇ」

 他愛ない世間話をしながら、お菓子を作るルーサルカの手伝いを始める。アベル自身、簡単な自炊は出来た。お菓子はあまり経験がないものの、手伝いならば十分戦力だ。手際よく二人で大量の焼き菓子を作り上げた。

「ヤン様へのお土産はこのくらいでいいかしら」

 過去にリリスが焼いたお菓子を与えていた姿を思い出し、大きめの袋にどっさりと取り分けた。残りは息子達のおやつにして、明日のお茶会にも持っていく予定だ。もちろん、夫婦で味見と称してそこそこの量を食べた後だけれど。

「昨日は何があったの?」

「なんでもない」

 怖がって抱き着いて寝たくせに、アベルは強がりを顔に貼り付けて抵抗する。カッコ悪いので、出来たら妻には内緒にしたい。すでに義母殿にバレているが、それはそれ。夜に慰めてもらったが、これはこれ。アベルは曖昧に誤魔化した。

「いいわ、別に。もう知ってるから」

 爆弾発言をしたルーサルカは、取り出した刺繍入りのテーブルクロスを机に敷き始める。見たことがない新作、それも裁縫が苦手なルーサルカの手による作品ではない。もう知っているの言葉から、早朝にアデーレから聞いたのかと頭を抱えた。

「うわっ、カッコ悪ぅ」

「そう? お義父様と対峙して生きて帰ったなら、恥じゃないわよ」

 アデーレはぎりぎりアベルの体面を保ってくれたようだ。巻き込まれて這う這うの体で逃げ出したと言わず、アスタロト大公と対峙したと伝えた。義母の優しさに感謝しながら、アベルは大きな袋を収納空間へ取り込む。

「じゃあ届けてくる」

「あ、もし問題なければリンを連れて行ってくれる? この子、ヤン様が好きなのよね」

 大きな犬扱いかも知れないが、幼子に人気が高いヤンを思い浮かべた。まあ問題ないか。立ち上がって椅子に掴まり、ぶんぶんと手を振り回す次男を抱き上げた。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 魔王城の敷地内、奥庭の手前にある大公女達の住まいは今日も平和だった。破壊された魔王城の執務室が修復中だろうと、ドワーフが嬉々として直していく。その脇をすり抜け、アベルはやや曇った空を見上げた。この世界は最強の魔王に守られている。今日も安泰だ。

 微笑んで息子と頬を当てて笑い合った瞬間、頭上で大きな爆発音がした。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の番になりまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

処理中です...