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第8章 てんやわんやで誘拐も?

120.仲直りの演出で、仲直りのキスを邪魔した

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 とぼとぼと肩を落として歩く魔王は、自室の前で立ち止まった。生涯リリスと連れ添う、そう宣言して私室をぶち抜いたのはルシファー本人だ。設計段階から口を挟み、魔王の居室と魔王妃の私室をくっつけた。おかげで、自分の部屋なのに帰れない事態となっている。

 喧嘩するなんて思わなかった。予想外の事態が起きた場合、逃げ場がこの私室と執務室くらいしか思い浮かばない時点で、ルシファーはかなり恵まれた存在だ。隠れる必要も、怯える状況もなかったのだから。隠れて一人で泣くこともなかった幼少期を過ごした。

「はぁ……」

 部屋に入るか、それとも執務室へ行くべきか。迷うルシファーの鼻先で、ドアが勢いよく開いた。顔をぶつけなかったのが奇跡の距離を抜けたドアは、蝶番が軋む悲鳴を立てて壁に跳ね返る。

「何してるの? 早く入りなさい」

 可愛い娘イヴを抱いた、これまた可愛い奥様リリスの命令に頷く。中に入ったところで、通りがかりの侍従がそっと扉を閉めた。多少軋んだ音がしていたが、まだ扉を交換するほどの破損ではない。無情にも退路を断たれた魔王は、玉砕の覚悟を決めた。

「ごめん!」

「何に謝ってるの」

「リリスに相談しなかったことだ。あの場で危険な少女を残す選択肢はない。他の子に危害を加えられる前に、自分一人なら対応できる。だからあの行動は悔やまないが、先に説明すべきだった。その時間がないほど切羽詰まった状況ではなかったと思う」

 自分の魔力を提供したら大人しく帰ってくれる。それなら渡してしまえばいい。数日の怠さを我慢すれば済むのだから。子ども達から大量に奪われる魔力をかき集める間に、あの少女が帰れなくなる懸念もあった。迷子なら早く無事に帰してやりたい。

 こちらにとっては迷惑をかけた子でも、親や家族が心配してるだろう。この世界に留めてしまったら、彼女は一人になってしまう。帰れる時に帰すのが一番なのだ。それで多少焦ったのもある。何より今まで自分で勝手に解決してきた。後始末を部下に任せていたが、独断で動いた事例が多い。

 ルシファーにとって、事前に相談して意見を出し合って決めるより、決断した後始末を任せるのが当たり前になっていた。それがリリスを無視し、彼女の立場を失わせる可能性など思い至らなかったのだ。

 自分が悪かったと思えば、素直に頭を下げて謝罪する。それがルシファーの良いところであり、また……リリスや側近が頭を悩ませる部分でもあった。

「次は相談してね。私はあなたの妻なのよ」

「うん、本当に悪かった。絶対に同じことはしない」

 この場にアスタロトがいたら、眉間の皺を押さえながら呟いただろう。あなたは何度も同じことを繰り返すくせに、と。しかし口うるさい彼は私室にいない。

 リリスはふふっと笑って頷いた。

「私こそ、ごめんなさい。ムキになって怒ることじゃなかったわ。ルシファーは、私やイヴを守るために危険を遠ざけた。冷静になればわかるんだけど……あの時は勝手な行動に見えて腹が立ったわ」

 お互いに謝り、イヴを挟んで抱き締められる。リリスは目を閉じて顔を上げ、キスを強請った。微笑んで頬にキスをして、唇を重ねた時……大きな爆音がした。

「っ! なんだ?!」

「敵襲かしら」

 きょろきょろする二人は、窓の外に広がる花火に気づく。大きな花火が咲いては散る。その美しさにしばらく見惚れた。十数発が終わると、テラスへ続く扉がルキフェルによって開かれる。大量の花びらをベルゼビュートが風にのせて送り込んだ。

 温室のように花の香りと鮮やかな色に満ちる。何が起きているのか、きょとんとしたまま見守る二人へこう告げられた。

「仲直りしたらどうかしら。お互いに認め合えばいいと思うの」

 仲直りを提案するベルゼビュートの姿に、なぜ花火が上がったのかを知る。どうやら頼まれたルキフェルやベルゼビュートが動いたらしい。さすがに城内で働く者は賢く、アスタロトやベールに秘密でコトを運んだ。

「……仲直りの邪魔をしたのはお前らだぞ。アスタロトにバレる前に片付けてくれ」

「もう遅いですけれどね」

 軋んだ音を立てる扉の音に振り返り、ルシファーは妻子を抱き締めて横に飛んだ。その後、捕獲されたルキフェルとベルゼビュートは始末書を提出させられたが……その始末書を処理するのは翌日のルシファーだった。
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