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第7章 幼子は小さな暴君である

107.お引越し渋滞が発生中

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 魔王の最強伝説を脅かす愛娘イヴの噂は、すぐに魔族に広がった。これで魔王交代劇が囁かれるかと言えば、逆だった。ここまで強い親子がいたら、他種族が魔王を目指すのは無理だと笑いとばされる。実際の政に不満がないこともあり、人々は笑い話にしてしまった。

「うちの子達、明日から学校なのよね。その間に引っ越しを終えたいんですけど」

 思わぬ提案は、アンナである。城下町に購入した庭付き屋敷もいいが、アベルのいる離れが狭くて困っているらしい。いっそ母屋を譲って、自分達は魔王城に住んだらどうかと考えた。直前に「イヴの能力が通じず緊急時に頼りになる者」という選別を受けている。その際に魔王城への引っ越しが提案されていた。

 双子はもう13歳になり、学校も魔王城から通うなら近い。剣術の師匠であるアベルは毎日魔王城へ通勤しており、その点でも問題はなかった。

「構わんぞ。手伝おう」

 魔王の収納は万能である。魔王城にある備蓄や資財をほぼすべて入れても、まだ容量に余裕があった。過去に使用した家具なども大量に保有しており、それを譲ってもらうことも可能だ。ここで魔王に頼むなんて恐れ多いと思わないところが、アンナの長所だった。

 豪気と表現するのが正しいのか迷うが、思いきりはいい。適度に手を抜くことも得意だった。その上、末っ子特有の甘え上手が重なったら強い。

「リリス様、こちらでしたのね。魔王城に家族の居室を貰える話はまだ有効ですよね?」

「あ、私もお願いします。通勤が大変で」

「育児の時間が取りづらいよね」

 魔王の執務室は、さながら婦人会の会合である。アンナと話し合って、引っ越しの段取りを決めたところに大公女達が飛び込んだ。ルーサルカは部屋が欲しいと申し出て、ルーシアとシトリーも同様らしい。つまり、ほぼ全員が魔王城に居住する予定となった。

 別に部屋は空いているし、なんら問題はない。足りなければ増築すればいいだけの話だった。

「引っ越しの手伝いはするから、調整してくれ」

「「「はい」」」

 すでにアンナ一家の引っ越し予約が入ったので、それぞれに日時を決め始める。魔法で取り込むだけなので、ルシファーは深く考えずに任せた。仕事と重なった場合は、予定を変更すればいいだけのことだ。

「……ん? 城下町の屋敷はどうするんだ」

 ふと気づいた。アンナ達は屋敷の母屋をアベル夫婦に譲る予定だった。だがアベル達もこの魔王城に引っ越してくるとなれば、屋敷が無人になってしまう。当然だが、誰も住まない家は荒れるから管理が必要だった。まあその辺は魔法陣を設置する手もあるが。

「誰かに貸し出そうと思いまして」

 アンナがにっこり笑う。話し合いの中で、ルーサルカと決めたらしい。家族で暮らすに十分な屋敷で離れ付きとなれば、かなり条件のいい物件だ。借り手に困ることはなさそうだった。

「いいんじゃないか」

 かつて褒美で与えた屋敷だ。どう使おうと彼らの自由だった。魔王城に住むとなれば、事前にアスタロトやアデーレに知らせる必要があるな。彼らを呼び出し、執務室の引き出しから白紙を取りだす。申請書を作って、それぞれに署名させなくては。

 ごそごそと書類作成するルシファーの脇で、リリスはようやく半透明から正常に戻った腕で我が子を揺らす。愚図っていたイヴも疲れたようで、眠ってくれそうだった。

「ルシファー様! ルカの話とは!?」

「アスタロト大公閣下、ノックをしないなんてリリス様みたいですわ」

 飛び込んだアスタロトの大声と扉の開閉音、呆れたとぼやく侍女長アデーレの呟き。やっと寝てくれそうだったイヴが大きく息を吸い込む。慌ててルシファーが数十枚の結界を張った。

「うぎゃぁああああああ!」

 訪れた眠りを妨げられたイヴの泣き声は大きく、また被害も比例して大きい。大公女を含む、ほぼ全員がやや透けた。一番の被害を被ったリリスは、ぷりぷり怒りながらアスタロトに言い放つ。

「ノックしてよね!」

 お前もな……全員が心をひとつにした瞬間だった。
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