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第7章 幼子は小さな暴君である

98.火のないところに煙を立てる才能

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「あの怪獣達を隔離する施設を作りましょう」

 ボロボロになったローブ姿のベールは、そう切り出した。言い方に問題はある。だが内容は賛成だった。

「怪獣じゃなく、未来ある若者の卵と愛娘だ」

「若者に卵とひながいるの?」

 ルキフェルは混ぜっ返すが、彼も疲れ切っていた。癇癪を起こす前にベールによって逃されたルキフェルは、それでも機嫌の悪さが前面に出ている。よほど酷い状況だったらしい。

 実際のところ、子ども達の暴虐無人さは明らかだ。保育所を作ったとして、誰が保育士に名乗りを上げるのか。給与をあげても名乗り手がいなかったら困る。唸りながら申請書と許可書を作成した。通常は申請書が挙げられ、稟議して結論が出たら許可書を書くのがルールだった。今回は同時進行なので、最速で結論が出る審議になるだろう。

「どうしますか」

「一般人も含めて募集をかける。実は侍女の子も預かって欲しいと要望が出ていて」

 どっさり溜まった書類を引っ張り出す。数枚ではないため、きっちりファイルされていた。そのタイトルが「保育園未満児の保育施設運営の切望・嘆願書」な辺り、切実さが滲む。

 受け取ったルキフェルが捲った1枚目は最新の書類で、ルシファー自身の希望が書かれていた。次はベルゼビュート、リリス、ルーサルカにルーシア。徐々に古くなるにつれ、侍女や侍従の名も並ぶ。

「各種族に偏見のない人で、男女問わず。体力ある若者も、育児経験豊富な年長者も欲しい。あと出来るなら、出産経験者……いや、この項目は削るか」

 あれこれ募集条件の検討に入ったルシファーの横で、ルキフェルは報酬や福利厚生面での調整を始める。

「希望するだけとは書けないね。そうだな、一般的な侍女の2倍くらいから始める? 集まらなければもう少し引き上げればいいし。いっそ本人の希望申請式に……逆に面倒かな?」

 募集要項が決まっていく中、ベールが重要な項目の追加を申し出た。

「休まれると魔王城の機能が止まります。交代要員も必要なので、人数は多めに募集してください」

 休暇なしで働かせるわけにいかず、かといって人数が足りず母親達が仕事を休むなどもっての外だった。

「労働時間はどうしよう」

「ぐぁあああ! 決めることが多すぎるんだよ」

 ルキフェルが苛立ちを吐き出す。そこへお茶を運んできたアデーレが口を挟んだ。紅茶の香りに、真っ先にルキフェルが飛び付く。お茶菓子を用意しながら、ベールも腰を下ろしてしまった。残されたルシファーに、アデーレの話を聞く役が回ってくる。

「陛下、保育所でしたら……侍女を辞めた者に数人心当たりがあります。年老いた者は体力面は不安ですが、扱いに慣れていますし。声を掛けても構いませんか」

「ぜひっ! ぜひ呼んでくれ。もちろん優遇するし、人数は多くていい」

 がっちり手を握って力説する執務室に、ノックをしない恒例の魔王妃殿下が入って固まる。

「ルシファ……浮気?」

「ち、違う! リリス一筋だ」

 アデーレの手を両手で包み込んで、絶世の美貌を近づけていた魔王は青ざめる。疑われたアデーレは「あらあら」と笑って手を振り解いた。わたわたしながらリリスに駆け寄り、手を伸ばすが……ぱしんと叩かれた。

「触んないで! 浮気でしょ」

「違う。絶対に違うから! あれは保育所の件で、アデーレが協力してくれるから」

「だからキスする距離なの?」

「……そんなに近かったか?」

 うーんと考え込んだルシファーへ、援護射撃が行われた。

「あのさ、リリス。君の位置からは近く見えるけど、僕の場所から見えると離れてたよ。このくらい」

 手で距離を示され、思ったより離れていたと安堵の息をつく魔王夫妻。にっこり笑って一礼し、さっさと逃げ出すアデーレ。こういうところは夫アスタロトによく似ていた。

「リリス様、落ち着いてください。魔王妃殿下ともあろう方が、そのように取り乱すのは感心しません。私達がいるのに浮気などできるはずがないでしょう」

 もっともな正論でベールが場をまとめ、浮気疑惑はぼやになる前に鎮火された。
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